常識に挑み、変革を起こす
「持続可能なサプライチェーンを作るためには、これまでとは違うことに本気で取り組まなければいけません。そうでなければ、私がこの業界にいる意味がないと思っています」
Vava Coffeeは、ケニアの女性が経営する社会的企業だ。生産者の立場を強化し、力の不均衡を改善するというミッションを掲げ、コーヒーの焙煎や輸出、バリューチェーンに関するコンサルティングを行っている。
創業者のヴァヴァ・アングウェニは『Coffee Milk Blood』の著者でもあり、2019年から2020年までSCAの理事を務めた。業界の常識にとらわれず、女性や若者を中心に、コーヒー業界におけるリーダーを育成することを使命としている。自らの価値観を曲げることなく、反感を買ったとしても現状に異議を唱える勇敢さは、持続的かつ大きな変革を生み出す彼女の原動力となっている。
現在ヴァヴァが取引している生産者団体のうち、男女の平等、教育、多品目化を通して農業の持続可能性を高め、女性の地位向上と地域の生活改善を実現しているグループが2つある。
そのうちのひとつが、25年以上前に設立されたムクユニ生産者協同組合だ。有機農法を実践する同組合はフェアトレードの認証を受けており、メンバーは研修や運営に積極的に携わっている。男性組合員の方が多いが、運営委員会は半数以上が女性で構成されている。ケニアのムクユニ川にちなんで名づけられており、コーヒー、イチジク、花卉、蜂蜜、畜牛、鶏のふ化場など、さまざまな農産物を扱っている。
もうひとつが、カプキヤイ生産者協同組合女性部だ。男性中心の体制を見直し、意思決定や利益の分配において女性の参画を積極的に進めている。2012年からは『コーヒーイニシアティブ』の支援のもと、女性によるコーヒー生産への参加を受け入れるようになった。その結果、生産性と品質が向上し、女性のみによって生産されたコーヒーとしてはこの地域で初めてフェアトレードの認証を受けた。
故郷への帰還
ヴァヴァによると、留学する機会を得たケニアの子供たちは、最低でも2つの学位を取得し、生活が安定するまで海外で働くことを暗黙のうちに期待されている。彼女自身も16歳の時にカナダに渡ったが、その時はコーヒーを通して再びケニアに戻ることになるとは思いもしなかった。
ケニアは生産量でアフリカ第3位のコーヒー大国だ。1895年にイギリスがケニアを植民地にして以来、コーヒーはケニアの主要産業であり、現在では推定600万人のケニア人がコーヒー業界で直接・間接的に働いている。そのため、多くのケニア人にとってコーヒー生産は日常生活に深く根付いており、大半の人はコーヒーに特別な関心を持っていない。
ここ数年、中流階級の増加とともに国内のコーヒー消費量は伸びているが、イギリスの植民地支配の名残で紅茶を好む傾向が強い。また、国民の購買力が限られているため、コーヒーの国内消費は依然として限定的であり、輸出が中心となっている。
「当然私の家族もコーヒー農園を持っていて、祖母がコーヒーを育てています。しかし私自身は学生時代にカナダでコーヒーを飲むようになるまで、生産面にはまったく興味がありませんでした。
北米文化での生活は、24時間365日『Go、 Go、 Go』と、常に頑張り続けなければいけません。学生時代は勉強のために図書館にいることが多かったので、カフェインを必要としていました。そうしてコーヒーが身近になり、次第に興味がわいてきたのです」
ヴァヴァがカナダ・ウェスタン大学で最初に取得した学位は保険数理学と統計学だ。そんな彼女にとって、コーヒー市場の需給関係について違和感を覚えるのに時間はかからなかった。彼女は、コーヒー豆の袋に生産者の情報が記載されていないことや、カフェでの販売価格の高さに疑問を抱くようになった。一方、故郷では家族がコーヒー生産に伴う浮き沈みと格闘していた。そこでヴァヴァは、何かを変える必要があると思い立つ。
オランダ・フローニンゲン大学大学院では、国際金融とマネジメントを専攻。修士論文のためにリスク分析とデリバティブを学んだヴァヴァは、研究課題としてケニアのコーヒー生産者のための新たな取引モデルを提案した。この取り組みは計画通りには実現しなかったが、帰国してコーヒー生産者とともに働くという彼女の決意は揺るがなかった。
ケニアに戻ったヴァヴァは、従来型の進路から外れることを家族に心配されながらも、すぐにストラスモア大学の学生グループを率いてデータを収集し、ケニアの生産者が直面している根本的な問題を掘り下げた。地元の大学で教鞭をとるかたわら、彼女は空き時間のすべてをコーヒーの研究と、のちにVava Coffeeへと展開する企業の土台作りに費やした。
好奇心と情熱に導かれて
Vava Coffeeが正式に設立されたのは2009年。資金的な後ろ盾はなく、友人からの支援だけが頼りだった。ヴァヴァと彼女が率いる学生たちはケニア中部の農園を訪れ、データを集めた。生産者が抱える問題を明らかにし、解決策を模索しながらビジネスプランを少しずつ練り上げていった。
彼女の取り組みは、生産者から興味と期待をもって受け入れられた。業界内の他の分野が活況を呈している一方で、生産者は価格下落という過酷な循環に苦しめられていたため、誰もが解決の糸口を探し求めていた。
「真剣に彼らの問題に向き合い、現場を訪れ、より良い販路を見つけようとしている私たちに対して、生産者はすぐに耳を傾けてくれるようになりました」
ヴァヴァはまず、生産者との信頼関係を構築するために多くの時間を費やした。問題の解決策について対話を重ね、輸入業者の仕組みについて説明した。
「輸入業者が話すことを生産者が理解できない状態では、サプライチェーンは成り立ちません。そもそも『カップスコア?何それ?』という生産者もいます。ケニアでは、コーヒーの品質を評価する際に、『AA』『P1』など異なる用語を使うからです。それなのに『88点のコーヒーが欲しい』と生産者に伝えることに意味はあるでしょうか。
乗り越えなければならないハードルもたくさんありました。ひとつは、私が黒人女性であること。一般的に生産者は、問題の解決は白人男性からもたらされると考えるからです。『コーヒーを買いたい』とやって来るのは、たいてい白人男性ですから」
ヴァヴァにとって最初の収穫は、コミュニティ内に世界への好奇心を浸透させたことだ。彼女の取り組みを通して、生産者は市場を意識するようになった。その結果彼らは、ヴァヴァのように自分たちの境遇を外の世界に発信してくれる人物、適正な価格を提示し、オークション制度とは別の信頼できる顧客を見つけ出してくれる人物を探し求めるようになった。
周囲からは懐疑的な見方をされ、輸出資金を調達するために苦難を強いられたが、ヴァヴァはあきらめなかった。彼女自身が認めているように、起業は決して平坦な道のりではない。「心が弱い人には向いていません。自分を疑ってしまうような日がたくさんあるからです。自分が思うように物事が進まない日ばかりです。物事が進んだとしても、自分が望むようなペースではないこともある。
たくさんの壁が立ちはだかり、自分にとって不利な制度に縛られているように感じる日もあります。今でも、私のような人間が成功するような仕組みにはなっていないと思うことがあります」
そうした日々を、彼女はどのように乗り越えてきたのだろうか。それは「打ち砕くことのできない自信 」を身につけることだ、とヴァヴァは言う。彼女はひとりの人間としても、また自らの会社に対しても強い目的意識を持ち、絶えず熟考し、あらゆる逆境から教訓を得てきた。その結果、確固たるブランドを築き上げたのである。
次世代の育成
世界中の多くのコーヒー生産地と同様に、ケニアでも若者が農村部を離れ、職を求めて近隣の都市に移住するという問題が根強く残っている。背景には、土地の所有権が得られないこと、教育機会の欠如、資金の不足がある。
ヴァヴァは輸出事業を営むかたわら、若者に実践的かつ技術的なトレーニングを提供している。彼らの自立を促し、コーヒー業界全体のより持続可能な未来を描くことで、この現状に立ち向かおうとしているのだ。
「私が最も情熱を注いでいることのひとつは、次の世代に還元することです。いずれその時が来たときに、この業界を背負って立つ有能な人材を育てたいのです。若者としてこの業界を渡り歩くことがいかに困難なことか、私は身をもって知っています。相手にされず、真剣に取り合ってもらえないこともある。それでも自分なりにもがきながら、自らの力を証明しなければならないのです。私たちが次の世代の模範となり、コーヒーの世界には彼らの居場所があると示すことができればと思っています」
彼女が関与している取り組みのひとつにGente Del Futuro(スペイン語で「未来の人々」の意味)がある。数カ国にまたがる協力プログラムで、生産者の収益向上や若者の参入という問題に取り組んでいる。教育的活動や、農業と財務に関する優れた実践例についてのワークショップを通して、若い世代がコーヒー生産や貿易の分野で成功するために必要な知識と自信を身につけられるよう支援している。
活動の一環として、ケニアの海辺町ラムにLa Dulce Toroというコーヒースクール兼コミュニティセンターを設立した。ラムはスワヒリ文明発祥の地として知られていて、現在もその伝統は色濃く残っており、観光業も盛んだ。ヴァヴァは、生産者にほとんどメリットがない従来の産地訪問のあり方について考える中で、ケニアの人々がどのようにして恩恵を得ることができるのか、搾取的な産地訪問の文化をどうしたら変えることができるのか、と自問した。
その結果生まれたのがLa Dulce Toroなのだ。この施設はラムに住む若者の教育や雇用促進の場としてだけでなく、ケニアを訪れるバイヤーやコーヒー関係者が地域に還元する手段にもなっている。現在では訪れた人々が知識を共有する場となっており、ナイロビを訪れたバイヤーはその後ラムで講義を行うなど、何らかの有意義な方法で地域社会に貢献している。
ヴァヴァのコーヒーに対する情熱は、社会課題の解決に向けられた。そして彼女は、国際協力プログラムを通じて、ケニアの若者が国内外のコーヒー業界でキャリアを積めるようなモデルを作り上げたのだ。
変革への志と阻む壁
インタビューを通して、ヴァヴァはサプライチェーンにおける力関係が極めて不均衡であること、そして生産地の人々の声に耳を傾けることが急務であることを訴えた。
スペシャルティコーヒーのコミュニティには、変化を求め、より良い制度の構築に貢献したいという思いを持つ人がいる。一方でそのような動きは、同等か、あるいはそれ以上に強力な抵抗にさらされている。
課題を抱えているのは消費国側だけではない。生産国側にも依然として大きな障壁が存在する。例えば、ケニアではある種の伝統的な男女観が存在するため、ヴァヴァは2019年にSCAの理事に就任するまで、ケニアのコーヒー業界の男性たちから疎んじられていた。
「だからこそ、何をもって成功と見なすかは、それぞれのコミュニティで異なるものだと思うのです。国際的な舞台で活躍して初めて、人々は私のことを深く知ろうとしてくれました。『あの人は何が違うんだろう』『彼女の会社はなぜ注目されているんだろう』と」
ロースターや輸入業者にとって、最大のネックとなっているのは資金調達だ。彼らの多くは従来とは違う取り組みをしたいと考えているが、リスクを冒す余裕を持てず、安全策を選んでしまう。
「彼らも生産者と関係性を築きたいと望んでいます。コーヒーをこれまでとは違う方法で広めたい、違う言葉で語りたいと思っているのです。しかし、いざそのために投資しなければならない金額を考えると、リスクを伴うのです」
それでも少数の人たちが変化を促すだけで、状況は好転するものだ。ビジネスにおいて大切なことは、本来の目的に立ち返り、自分がなぜその仕事をするのかを思い返すことだ、とヴァヴァは教えてくれた。変化を起こすには、自分には知らないことがあるということを受け入れ、積極的に学び、新しいことに挑戦する姿勢が必要だ。もし自分の進むべき道から外れてしまっているとしたら、どうすれば変われるだろう。
「私を信じ、チャンスを与えてくれた人たちとは、今では4、5年の付き合いになります。彼らにとって私は家族のようなもの。そして彼らも私にとって家族のような存在です。彼らのためなら、コーヒーの仕入れに関して協力を惜しみません」
ヴァヴァとのインタビューを終えて、私の心の中にはある問いが残った。私はこの世界に何を残したいのか。意識的にせよ無意識的にせよ、私は業界にどのような影響を与えているのだろうか。ケニアのコーヒー業界は、非中央集権化に向かって進んでいる。彼女のリーダーシップ、既存の常識に挑み続けるひたむきさ、そして本質的な進歩を促すために人々に気づきをもたらす力は、ケニアが公平で豊かなコーヒーコミュニティを築く上で欠かせないものになるだろう。