「当たり前」から問い直し、個性が削がれぬ仕組みづくりを
2019年の創業以来、小規模ロースターを対象に高品質なスペシャルティコーヒーのマイクロロットを取り扱うオンラインプラットフォーム事業を展開してきたTYPICAは、ロースペシャルティ、ハイコマーシャルも含め、生産者が扱うコーヒー全体を安定的、長期的に販売できる場を提供すべく、2024年より中規模、大規模ロースター向けのビジネスモデルの開発にも注力し始めた。
先物市場の国際価格を基準として決定されるコーヒー生豆の価格は変動が激しく、さまざまなデメリットを生み出している。その構造問題に着目したTYPICAは、実際のコストおよび付加価値に基づく長期固定価格の新たな枠組みを構築。2025年3月には、ドトールとブラジルの生産者が参画する10年間約80億円規模の契約を締結した。この第一号案件を皮切りに、TYPICAは2030年までに日本ーブラジル間で10件、総額1000億円規模の市場創出を目指している。
この新たな事業展開を支えるエコシステムを構築するうえで重要な役割を担っているのが、2024年12月にTYPICAに入社した藤井結だ。現在はブラジルと日本の二拠点生活を送りながら、エコシステムデベロッパーとしてコミュニティが自然に有機的に発展していく仕組みづくりに取り組んでいる。
シュタイナー教育を実践する学校をはじめ、日本では異質とされる環境によって育まれた強みを発揮する藤井の胸にある思いとは?

世界は絶えず変化する
ビジネスにおけるエコシステムとは、企業が製品やサービスを提供するうえで関係する多様なプレイヤーが、相互に関わり合いながら共存、共進化する仕組みや環境を指す。ルール設計やマッチングの促進、ネットワーク効果の拡大など、そのエコシステムを支える仕組みをつくるうえで、TYPICAのようなプラットフォーマーが担う役割は大きい。
「TYPICAの場合、そこに参加する一人ひとりが何かしらの役割を担い、主体的に物事を動かし、TYPICAが介在しなくても自然に循環、発展していくエコシステムづくりを目指しています」と藤井は言う。
藤井の役割は、生産者から物流業者、ロースター、消費者までのバリューチェーンをバージョンアップしていくことだ。第一段階として今、生産者とロースターをつなぐプラットフォームでありながら、人材などのリソースが消費国側に偏っている──という課題を解決すべく、1年のうち約半分、ブラジルに滞在。生産者たちと密にコミュニケーションを重ねながら、生産者の視点をプロダクトや事業に反映している。

「ポイントは、現地でキーパーソンとなる人たちと出会うこと。その人たちがTYPICAの目指している方向性や世界観に共感すれば、彼らを起点に他の人たちにも伝わっていくと考えているからです。売上が上がっているからといって、エコシステムがうまく機能しているわけじゃない。全体を俯瞰して、どの部分がボトルネックになっているか、どの部分にポテンシャルがあるかを見極めながら、改善改良を続けていく。
その過程で大切なのが、まずは彼らの当たり前や習慣を理解すること。自分たちの視点で素晴らしいと思うシステムが、相手にとっても素晴らしいとは限らないし、相手の現状になじんで機能するわけじゃない。現に今のTYPICAのプロダクトやサービスは、バイヤー側の視点に基づいて設計されがちで、生産者にとって馴染みにくい部分も多くあります。最終的には、生産者がTYPICAのプロダクトやサービスを違和感なく受け入れ、自然に滑らかに新しいマインドセットや世界観をアップデートしていけるような状態をつくりたいと思っています」
日本社会には、「前へ倣え」「右向け右」に代表される画一的な文化が根強く存在する。これによりチームの協調性や一体感は高まり、品質、サービスの安定性を保ちやすくなる一方で、個々の個性や創造性が発揮されづらく、自由な発想や新しいアイデアが生まれにくい土壌をつくり出す。それは、環境の変化に対して柔軟に対応できない弱みとしても顕現する。
「よく『個性を発揮する』という表現を聞きますけど、人は誰もが個性的だし、みんな違う世界を見ているもの。にもかかわらず、社会や誰かの当たり前を押し付けられ、その人たちの個性が削がれているところを見かけたとき、私はすごく違和感を感じます。まず『あなたにとっての当たり前は何ですか?』と問うところから人間関係を築いていくことが、多様性という自然なありように近づいていく第一歩だと思っています」

自分の意思で決める自由を
エコシステムデベロッパーという藤井の役割は、関わるメンバーやタイミング、外部環境によって、変わっていくことを前提としている。一つの決まりきった正解があるわけではないため、その時々で最適解を探し求めていく必要がある。前回のやり方がうまくいったから今回も同様に、というような発想では務まらない。
小学校6年から高校卒業までの約6年間、シュタイナー教育を実践する学校で学んだ藤井にとって、その思考回路や動き方はネイティブが言語を習得するようなプロセスで体得したものでもある。「真に自由な意思決定のできる人間を育てること」を目指すシュタイナー教育の現場では、「教師が生徒に解法や知識を教える」という形態は一切とられていなかったのだ。
「先生も正解を知らない問いについて皆で考える授業が多かったですね。人よりも速く、効率的に答えを導き出すというより、生徒が自ら気づき、学びを深めていくために『考え続ける』『考えるプロセスを楽しむ』といったアプローチが重視されていた。
たとえば歴史の授業だと出来事や年代を丸暗記するようなことは求められず、まずは『歴史とは何か?』という問いから始まりました。数学の授業でも教わった公式を使って問題を解くのではなく、なぜこの公式が成り立つのかを自ら考察することが求められた。学校の制度自体も柔軟で、協定校以外の学校に留学したいという私の希望も受け入れてもらえたんです」
高校卒業後、藤井は九州大学に入学し、特定の学部・学科に所属せず、学生自身が「やりたいこと・学びたいこと」に応じてオーダーメイドで学びを設計できる全学横断型の教育プログラム(21世紀プログラム)を選択。卒業後は、ミナミホールディングス株式会社にミナミインキュベート投資担当として入社。いわゆるCVCの業務を担当し、2年目には代表取締役に就任した。

「CVCで働きたい、VCになりたいという思いがあったわけではなく、企業の価値観や方針とその環境でやれることに惹かれた感じです。人づくりに重きが置かれていて、事業内容に合わせて人を配置するのではなく、社員の個性や強み、希望に合わせて新しい事業を創っていく柔軟性がある。そんな会社で、ゼロイチ的に新しい価値を生み出すスタートアップ投資に関われること、新規事業だったことが私に合っていると感じたんです」
『感性あふれる“ひと”を創る』という理念にも示されているように、ミナミホールディングスは、特定の価値観を社会に広める目的のためなら手段や方法は何でもいいというスタンスをとっていた。
「私も『CVC=自社の事業とのシナジー効果を狙える領域のスタートアップに投資する』という一般論にはとらわれず、事業会社として何を求めているのか? そのためにはどういうスタートアップと関わるのが最適なのか? 目的を達成する最短ルートは何か? といったところから問い直していたという意味では、学生時代の延長線上にあるような感覚もありましたね。
逆に言うと、みんなが知っている答えに早くたどり着くためのアプローチをまったく知らないので、すぐにシステムが確立されている環境で、与えられた業務を指示された通りにやることには適性がないと思います」
在職中さまざまなスタートアップと出会う中で、事業をつくることに興味を持つようになった藤井は、スタートアップを転職先として検討し始めた。その中でTYPICAを選んだのは、『食』や『農業』、『グローバル』といった自身の興味に合致したからだった。

なぜエコシステムなのか?
藤井はTYPICAに入社時、カスタマーサクセスというポジションの立ち上げを役割としてあてがわれていた。だが決まっていたのは、「ロースターと生産者、それぞれの視点からプラットフォームの利用体験をより良くしていく」というミッションのみ。言うなれば題材と画用紙だけ与えられたような状態だった。
公式の成り立ちから問う藤井の思考回路は、自然と「今、経営陣が私に求めているのはカスタマーサクセスなのか?」というベクトルに向かった。思考を深めていくうちに気づいたのが、TYPICAに関わるステークホルダー全員にとって最適なシステムををつくっていく必要性だった。その第一段階として、生産者側の意向を吸い上げてプロダクトやサービスを改善していくことに着手すべきだと考えたのだ。
「本質的な目的を見失わず、前提の前提から問い直し、ゴールに向かうための最適な方法を考え続ける姿勢は、ずっと変わっていません。TYPICAにおける私の役割も、状況に合わせて変わっていくと思います。役割や業務を固定化すると進化は止まってしまうので、形式や構造を維持したまま運用する“静的なシステム”ではなく、変化に応じて有機的に発展していく“動的なエコシステム”の構築が必要なんです」

現在、藤井は現地メンバーとともにブラジル・アラーシャ地域を中心に、ドトールコーヒー、Mr.Brown(台湾)との長期固定価格取引に参画する生産者を開拓している。TYPICAのビジョンに共感した生産者の中から25件の登録があり、TYPICAで売りたいというコミットを得ているが、今年は収量が想定を大きく下回ったこともあり、思うように成約へとこぎ着けられていない現状もある。
「同じ生産者でも、ダイレクトトレードを通じて経営の安定化を図りたいという考えは共通していても、TYPICAに魅力を感じているポイントや経営スタイルは三者三様です。なので今後は、彼らの戦略やビジョン、生産ポートフォリオ、販売スケジュールなどをより深く理解したうえで、余裕を持って個々に合った取引の形を提案していく必要性を感じています。
ゆくゆくは他の国でもエコシステムを構築していく計画を立てているのですが、その先には小さなコミュニティが世界各地で生まれ、そのコミュニティどうしの繋がりが全体にも波及していくイメージがあります。各コミュニティの中心人物(パートナー)がTYPICAのコアバリューを理解し、彼らが主体となってコミュニティを育んでいく。彼らからTYPICAに問題意識や改善案が上がってくれば、都度それをプロダクトやシステムに落とし込み、アップデートを続けていく──というサイクルが自動的に回り続けるようにしたいんです。
プラットフォームとしての理想形は、みんながそれぞれのゴールに向かって走っているけれど、全体としては同じ方向に走っていて、よりサステナブルになっている状態。『2035年までに1兆円の流通を担う』というTYPICAが掲げる目標は、その結果として達成されるものだと思っています」