不満は仕組みで解消していく。ルールメーカーになればいい
大学卒業後、コーヒーのプロになりたい、いずれは自分でカフェをやりたいという思いを胸に生豆を扱う輸入商社石光商事に就職。生豆の品質管理やカッピングから中国・上海での子会社立ち上げ、生豆の買付や営業、さらには焙煎したコーヒー豆のフードサービス市場向けマーケティングまで、さまざまなポジションからコーヒーのサプライチェーンに携わること15年。2023年4月、TYPICAに入社した松下翔太は今、コーヒーエキスパートチーム(以下CE)の一員として、独自のエコシステム構築の一翼を担っている。
「2030年までに流通額4000億円、アラビカ種の33%をTYPICAで流通させる」という壮大なビジョンに触発されて入社した松下が約2年半経った今、思うこととは?

顧客とともに世界をつくる
従来、コーヒー生豆の国際価格は先物市場を基準に決定されてきた。天候要因や為替変動、投機マネーの流入等の理由により価格変動が激化するため、生産者とバイヤーは長期的な関係構築や投資が難しくなるという側面がある。
これを受けて近年、ダイレクトトレードやプレミアム価格契約など、市場の外で安定性と品質向上を両立しようとする取引も活発になっている中で、TYPICAはロースター、カフェチェーン、飲料メーカー、家庭用コーヒーブランド、レストラン、ホテルなど、コーヒーを主要領域とする各業態のリーディング企業向けに特化したオーダーメイド型ダイレクトトレードエコシステムを提供している。
核となっているのは、生産者とバイヤーが実際のコストと付加価値に基づいた長期固定価格を設定することで、持続可能な取引を実現する仕組みである。これまで生産者側ではブラジルのコーヒー生産者、バイヤー側では日本のドトールコーヒーと台湾のMr. Brown Coffee(伯朗咖啡)が参画。CEの一員としてこのプロジェクトを推進してきた松下はこう振り返る。
「特にMr. Brownとのやりとりで感じたのが、ビジョンの実現を信じることの大切さです。以前は、名の知れた大企業との商談に臨む際、つい下手に出てしまうところがありました。でも、そういう姿勢じゃうまくいかない。自分たちのつくりたい世界を実現すべく、お互いに対等な関係であることを明確にしながら、TYPICAと組むことは双方にとって価値があるのだと認識していただいたことが功を奏したのだと思います」
さっそくその収穫をロースターとの商談にも取り入れたところ、好反応が返ってくるようになった。
「常々意識しているのは、顧客が主体的、能動的にアクションを起こせるように、自分ごとと捉えてワクワクしてもらうこと、短期的な損得や単なる商品、サービスの魅力だけを訴求するのではなく、一緒に創りたい未来や世界について語ること。商社などと比較されることは多いのですが、その土俵で勝負しちゃいけない。TYPICAは世の中にないものを創り出しているので、顧客の想像力を喚起して一緒に夢を見ることが大切です。
もちろんビジネスなので、数字などの現実的な部分も抑えつつ、コンサルタント的な立場で相手の課題やニーズ、問題意識を深掘りし、具体的な提案をすることも必要です。そういう過程を経て成約が決まったときや関係が前進していると感じたとき、新しい時代をつくっている感覚を得られます。
既存のルールや枠組みから抜け出し、自分たちの手で新たな世界を創り出す環境にいると、コーヒーの仕事をしたいと思った20歳の頃の純粋な気持ちがよみがえってきたような感覚があるんですよね」

ただただコーヒーが好きだった
コーヒーが松下の人生の一部を占めるようになったのは高校生の頃だ。といっても、スターバックスなどのお洒落なカフェで友達と話をしたり、デートをしたり、テスト勉強をしたりする時間や空間こそが目的であり、コーヒーは端役にすぎなかった。
だが何度もカフェに通ううちに、松下はコーヒーの味が違うことを知覚していく。時は2000年代前半。折しも「スペシャルティ」という言葉が一部では聞かれるようになり、先進的なロースターやカフェが出所のわかるコーヒーを提供し始めていた時代である。同じ国のコーヒーでも農園によって味が違うのはなぜか? どうすれば美味しく淹れられるのか? 日々研究に励む中で、コーヒーは趣味の領域に留まらなくなっていた。
やがて松下は「焙煎や抽出以上に、どこでどう作られたかの方がコーヒーの味を大きく左右するのではないか」という仮説にたどり着く。ダイレクトトレードのパイオニア的存在である堀口珈琲の店主が産地について語る様子に憧れを抱きながら、松下はコーヒーのプロになりたい、いずれは自分でカフェをやりたいという志を育んでいった。
その土台づくりとして、まずは美味しさの鍵を握るコーヒー農園に行きたい。就職活動中、そんな思いに突き動かされていた松下は、直営農園を持っているロースターや商社など、農園に行けそうな会社に絞って採用試験を受けた。最終的に、希望する会社での職を得た松下の心は浮き立っていた。
「入社後は好奇心の赴くままに、先輩に質問しまくっていましたね。だから入社2年目に初めて農園を訪れたときは感慨深いものがありました。焼け付くような日差しの暑さも土と木の匂いも、すべてがときめきを与えてくれるものだったんです。以来、農園には何度も足を運びましたが、農園に身を置くたび、僕たちは自然の恵みをいただいているんだと思い出すことができた。日本で仕事をしていると、コーヒーが工業製品のように思えるときもありましたからね」
だが社会で揉まれるうち、自分でカフェをやりたいという目標はいつしか胸の内から消えていた。顧客として付き合っているロースターやカフェが価格競争に走ることも多く、営業としてそのニーズに日々対応していたからだろう。好きという気持ちだけで続けていくのは厳しいと、ひとつの可能性に見切りをつけたのである。
「20代後半で結婚し、子どもが2人できたことも安定志向、現実思考になった一因です。その意味ではTYPICAに転職することに迷いはなかったけれど、チャレンジングな決断ではありましたね」

ゲームチェンジが起こったならば…
松下の心がTYPICAに傾き始めたのは、2022年秋頃のことだ。日本最大規模のコーヒー展示会(SCAJ)に出展しているTYPICAのブースを見たことがきっかけである。
スタートアップらしく勢いがありながらも、粗っぽさがなく佇まいも整っている。そんなTYPICAが心の一角を占めるようになって以来、ホームページに時折アクセスし、「コーヒーそのものではなく人にフォーカスしている」スタンスにも惹かれていった。
偶然にも松下自身、当時は日本の焙煎工場でつくったコーヒー豆を海外展開するために動き始めた時期だった。人口減少により日本市場が縮小していく中で、グローバルに足場を広げていかなければ先細りしてしまう。そんな危機感とは裏腹に、社内では思いを分かち合える仲間は少なく、片手間でやっている感覚が拭えなかった。
会社の労働環境こそ申し分なかったが、自分の評価や待遇が貢献度と見合っていないという不満も、松下の目を外に向けさせた。新天地を求めて転職活動を進めていた中で自身のニーズと重なったのが、グローバルビジネスを前提にしているTYPICAだった。

「心が大きく動いたのは、Web面接でTYPICAのビジョンを聞いたタイミングです。『2030年までにアラビカ種の33%を流通させる』というスケール感に驚くと同時に、そういう世界が現実になったときの未来を想像すると、自分も当事者として関わりたくなったんです」
そもそもコーヒー豆が扱われる先物取引市場には、利益のみを目的としたヘッジファンドの投機マネーが大量に流入しており、相場が乱高下しやすいという構造問題がある。その渦中にいる松下自身、予測不可能な値動きに翻弄され、苦しめられたことも少なくない。なかでも2021年、2022年は高騰が激しい厄年だった。
「コーヒーの本質とはかけ離れたところで決まる相場のせいで、値上げのお願いをするためにお客さまに頭を下げて回らなきゃいけない。おまけにボーナスが減って、自分の生活も直撃する。なぜコーヒーの取引に直接関わらない第三者が決めたルールや価格に振り回されなきゃいけないのか…。不満は募っても、自分の力で変えられるようなものじゃない。その中でも相場を日々チェックして予測を立てたりと、うまく立ち回るようにしていました。
そんな中でTYPICAの存在を知って自覚したのは、そもそも仕組み自体を変えるという発想は皆無だったということ。もしTYPICAのビジョンが実現すればゲームチェンジが起こり、コーヒーに携わっている人どうしで値段を決められる世界に変わるんじゃないか、という期待が膨らんできたんです」

ルールは自分たちでつくればいい
TYPICAに入社してから約2年半、松下は自身の願望が具現化されたビジネスモデルを推進する主体者になっている。前述した長期固定案件では、生産者とロースターが販売/購入希望価格を同時に提示し、その価格をもとに、条件や内容を交渉して合意形成を得られるように進めていく。ヘッジファンドなどの第三者は価格決定に関与できず、一方が優越的地位を濫用することのない公正な取引形態を目指している。
「まだまだお互いに相場を指標価格として参考にしているという点では、業界に染み付いた固定観念や思い込みは根深いと感じます。昔の自分もそうだったからよくわかるのですが、既存の仕組みが当たり前だと思い込んで、思考停止してしまう怖さを感じるところでもある。まだスタート地点に立ったばかりですが、自分たちがつくったルールにのっとり、実需に基づいた価格決定ができると思えば感慨深いですね」

もっとも、仕組みをゼロから構築し、社会に新たな概念を持ち込もうとしているぶん、ビジョンの実現までの道のりは険しい。なおかつ「一人ひとりが経営者」という組織のあり方を目指すTYPICAでは、自分の『役割』や『担当』さえ全うしていればいいという姿勢では通用しないのだ。
「前職では、担当者としてプロジェクトを成功させることにフォーカスしていましたが、TYPICAでは、より遠いビジョンから俯瞰逆算し、より広い視座を持って今やるべきことを遂行していく必要があります。だから当然、自分が関与する範囲も広くなる。
たとえば、営業として顧客から成約を取ることが仕事の終わりではありません。そこからオリジンチームやロジスティクスチームに担当は移るのですが、自分も積極的に首を突っ込んで、問題を未然に防いだり、サービスの品質を高めるようにしています。任せつつも放ったらかしにしない、最悪、自分ですべてを動かすというくらいの気持ちでいます。さもなくば、問題が起きたときに、責任のなすりつけ合いみたいになってしまいますからね。
TYPICAでは、経営に対してもっとこうすればいいのに…と他人事的に願うだけで終わらず、行動に移して組織を変えていく機会も与えられている。だからこそ、単なる一プレイヤーじゃない、自分も新しい世界をつくっているんだという自覚は忘れないように常日頃から意識しています」