不均衡にも切り込んで、正しく評価される世界をつくる
TYPICAには、フルタイムで雇用されているスタッフだけでなく、プロジェクトごとに関わる業務委託メンバーも多く存在する。専門分野や居住地域、働き方もさまざまで、それぞれが自分の強みを活かしながら、柔軟にTYPICAの発展に貢献している。そのひとりが、味の素AGFを休職中の浜名芳輝だ。
現在、浜名は家族とともにブラジル・サンパウロで暮らしながら、コーヒーエキスパートおよび拠点代表として、TYPICAのビジョンに共感して独自のエコシステムに参画する生産者を増やすべく、事業運営を担当している。
前職時代から「美味しいコーヒーのサステナビリティ」という理想を具現化すべく、研究や商品開発、事業開発に携わってきた浜名にとって、「美味しいコーヒーを、ずっと美味しく楽しめる」世界をつくろうとするTYPICAは親和性を感じる会社だった。
コーヒーが正しく評価される世界をつくりたい──10年来、そう強く願ってきた浜名は今、生産地に身を置きながら、新たなステージへと足を踏み入れている。

価値あるものが埋もれぬように
基本的に大企業では、業務の属人化を防ぐために標準化が志向される。特定の社員にしかできない作業や判断が多くなると、その人物がいなくなったときに業務が滞ったり、品質にばらつきが出たりするからだ。味の素AGFの研究所でも、コーヒーのカッピングを行う際は、すべてのスタッフが同じ尺度でコーヒーを評価し、同じ点数をつけられるように訓練されていた。
一方、スペシャルティコーヒー業界では、焙煎や抽出といった工程は、むしろ職人芸や芸術として捉えられる傾向が強い。バリスタやロースターは表現者として称えられることも多く、世界大会などの競技会においては、彼らの創造性や哲学を含めた個性そのものが評価対象となる。だからこそ浜名は、審査員からコーヒーがどう評価されているかを目の当たりにしたとき、疑問を抱かずにはいられなかった。

「スペシャルティコーヒーの評価は主観的になることが多く、味そのものが正当に評価されていない。そう感じる場面に立ち会ったとき、美味しいコーヒーをつくっているにもかかわらず、相応の評価を得られていない生産者はたくさんいるんじゃないかという想像が浮かんだんです。
いや、コーヒーは嗜好品なので、審査員の人たちの豊かな経験や感性をもとに主観的に評価する側面も欠かせません。でもあまりにも客観性が置き去りにされているんじゃないかという違和感が拭えなくて。決して科学を信仰しているわけではないのですが、物事をできる限り客観的に評価することにおいては、科学の強みを発揮できる。
たとえば大手コーヒーメーカーでは、焙煎を化学反応のプロセスとして捉え、そのメカニズムを解明しようとする研究が当たり前に行われています。でもそうした取り組みは、スペシャルティ業界ではまだまだ異端です。裏を返せば、コーヒー業界にはもっと伸びしろがあるということ。科学的な視点を取り入れることで、もっと多くの生産者が正当に評価されるような仕組みを作れると思うんです」

構造問題にメスを入れる
浜名は大学時代、フィールドワークの一環として、タイやカンボジアの稲作農家のもとを訪れた約15年前のことを今でも覚えている。現地での食糧生産について学ぶのが趣旨だったが、心に深く刻まれたのはむしろ、豊かな農家と貧しい農家の激しい格差だった。
「当時、明確に言語化できていたかどうかはわかりませんが、農業の現場では技術や知識の有無、資金力、幼少期からの教育環境といった、あらゆる側面において“持つ者”と“持たざる者”の間に大きな隔たりがあるように感じました。階層構造が固定されていて、個人の努力だけではどうしようもない現実があるという印象を受けたんです。
その構図はコーヒー業界にも当てはまります。大農園の農園主は豊かな暮らしを享受している一方で、農園で働く労働者は奴隷同然の扱いを受けていたりする。そういう構造的な不平等に対しては、強い問題意識を感じるというか、変えていかなければという情動が湧いてくるんです」
浜名がはじめて不公平な世界のありように疑問を抱いたのは、サッカー部に所属していた高校生のときだ。顧問教師は本業で忙しく、日々の練習やメンバー選考の実権は最上級生が握っていた。それゆえ練習態度や実力にかかわらず、最上級生というだけで優遇される状況が常態化していた。
不満を募らせたあげく、浜名たちの学年は一度、全員で練習をボイコットする形で抗議に出たこともある。やがて最上級生になったとき、浜名たちはそれまでの悪しき慣習を断ち切り、フラットで公正なチーム運営を試みた。

「仕組みや構造によってチャンスが奪われ、意欲を失ってしまう経験を自身や仲間たちがしているからこそ、今、TYPICAで仕組みやルールを変えるプロセスに携われていることが嬉しいんです」
TYPICAは2025年春、独自のエコシステムを構築すべく、まったく新しい値決めのプロセスを業界に持ち込んだ。生産者とバイヤーが販売/購入希望価格を同時に提示し、双方が納得できる価格を対話によって導き出すという仕組みだ。そのため自社の利益のみを追求する姿勢では、交渉は成立しない。
「バイヤーとしては安く買えたら嬉しいという気持ちや、相場が高くなると業績が悪化して収入が減るから残念だという気持ちはよくわかります。自社や自分、家族だけの幸せを考えればそれでいいのかもしれませんが、本来あるべき世界はそうじゃないし、そういう人間でありたくもない。日本のごく一般的な家庭で生まれ育ち、何不自由なく暮らしてきた身として、よりよい社会をつくっていく責務みたいなものがあると感じています。
その意味では今、誰かが変えてくれることを期待するのではなく、自分たちが変化の主体となって変革を生み出していくことに喜びややりがいがある。もちろん問題がなくなる日は来ないと思うのですが、TYPICAの仕事を通して『経済価値と社会価値の両立』という本当に向き合うべきことに正面から取り組めている実感があるんです」

インスタントコーヒーにも価値はある
農学部に在籍していた浜名は、学生時代からサステナビリティという概念に触れていた。適切な食糧生産を続けていかなければ、いずれ人類は肉を食べられなくなる。同じような展開はコーヒーでも起こりうるだろう──。それほど深く考えなくても、将来の危機は現実味ある未来として思い描くことができたのだ。
農作物を扱う仕事がしたい。コーヒー生豆の調達にも関わりたい──という思いで就職活動にのぞんだ浜名は、縁があった味の素AGFに技術系総合職として就職。当時から上流工程にも目が向いていたのは、扱う素材がどうつくられているかを知らない状態で本質的な研究は成立し得ない、研究を追求すればおのずと上流に向かわざるを得ないと体感的に知っていたからだ。
ブレンディ®、マキシム®などのインスタントコーヒーを製造・販売する味の素AGFは、日本のインスタントコーヒー市場における二大巨塔の一つである。会社が保有する研究開発の資産やアイディアを組み合わせれば、おもしろい仕事ができることには満足感を覚えていた。苦味強度を保ちながら雑味を少なくする製造方法について、特許を取得したこともある。
「インスタントコーヒーは保存性が高く、レギュラーコーヒーよりも少ない豆の使用量で同量のコーヒーを作れるという意味で生産性も高い。工場での製造プロセスも効率化、自動化された装置産業によって支えられていて、高度な技術力が結集されています。
でも残念ながら、一般的には『インスタントコーヒー=あまり美味しくない』という認識が根強く、特にスペシャルティコーヒーの愛好者にとっては眼中にすらなかったりする。だからこそ常々思っていたのは、自社の製造技術を使ってよりよいコーヒーができれば、コーヒー業界に与えるインパクトも大きく、美味しいコーヒーのサステナビリティに貢献できるだろうということ。誰もが毎日100g1000円(100〜150円/杯)のスペシャルティコーヒーを飲めるわけじゃないですから」

垣根のないコーヒー業界をつくる
浜名は、商品開発に携わっていた頃、原料の一部にスペシャルティーコーヒーを使用したインスタントコーヒーを開発したことがある。自分なりにさまざまな技術を詰め込み、飲めば違いがわかるコーヒーをつくれた自信はあった。だが、市場からは受け入れられず、販売は終了した。
「インスタントコーヒーに限らず、どうすればコーヒーの価値を社会に普及させられるかと考えたとき、まだまだ自分が学ぶべきことはたくさんある。おそらくそのひとつがコーヒー生豆の生産現場のことであり、TYPICAでの仕事を通して鍛えられるところなのかなと思っています」
近年、世界的にスペシャルティコーヒー業界は大きな盛り上がりを見せている。日本でもスペシャルティコーヒー協会が主催する年に一度の展示会(SCAJ)は年々来場者数を伸ばしており、コーヒーラバーの姿も多く見られる。だが同じコーヒーであるにもかかわらず、スペシャルティコーヒーと、コマーシャルコーヒー、インスタントコーヒーの間には大きな垣根があり、双方の交わりはほとんどない。
「スペシャルティーにせよインスタントにせよ、優劣をつけたり、正解不正解を決めたりするものじゃないと思うんです。好みは人それぞれであっていいし、みんなが“自分にとって美味しい”と感じるものを自由に楽しめる世界であってほしい。
少なくとも、スペシャルティーとインスタントのつくり手どうしはお互いに学び合い、刺激し合いながら、業界全体をより良くしていける可能性があると信じています。たとえば主観的な評価と客観的な評価を統合していくプロセスを通して、その垣根は徐々になくなり、理想の世界に近づいていくんじゃないかと思っています」