Lot20 Sidney Kibet

Sidney Kibetシドニー・キベット

Lot20

型破りな未来へ

スーツケースに生豆を詰め込んだシドニー・キベットは、イギリスのシェフィールドにあるあらゆるロースターの扉を叩いた。時は2022年、彼が立ち上げたばかりのスタートアップ「Lot20」は、最初の出荷分を失ったばかりだった。

「イギリスに到着するはずだった僕のコーヒー20袋がアントワープで下ろされて、そのまま積み直されなかった。混載業者がどこかに置き去りにしてしまったんだよ」とシドニーは振り返る。

「ロースターに『僕はケニアのコーヒー生産者です。コーヒーを買ってもらえませんか?』って売り込んだけど、みんな『誰だ、こいつ?』って顔をしてたよ」

数年前、シドニーはルワンダで大使館や非営利団体向けに焙煎をしていたが、コロナ禍の影響でほとんどの職員が本国に帰されてしまった。「注文は2週間くらいでゼロになった」という。

ケニアに戻った彼は路線を変更し、生産者から直接コーヒーを買い取って輸出することにした。

「コーヒーを売ってくれそうな知り合いが4、5人いるから、20袋を精製してコンテナに積み込んで、知り合いに送ってみようと。でも厳しい現実に直面したよ」

「それがまさにLot 20の基盤なんだ……計画も目標もコネもなく、あったのは20袋のコーヒーと情熱だけ。でもその情熱のおかげで最初のパートナーシップが築かれ、今もビジネスを突き動かす哲学を見出した。ときには、システムの外で動く方がうまくいくこともあるんだよね」

人の手か、大地の力か?

シドニーは、ケニア西部の農村地帯、ボメット郡で育った。コーヒーよりも紅茶や酪農で知られる地域である。彼の家族も、業界がとりわけ厳しい時期にコーヒー栽培を手がけていた。

「2000年代初頭のことだよ。あの頃は本当にひどかった……チェリーが木になったまま腐ってしまっていたんだ」

 地域の多くの人々と同じように、彼の家族も主にトウモロコシや豆といった自給用作物、そして少しの紅茶を育てて地元の市場で販売していた。

1963年までイギリスの植民地だったケニアには、紅茶を飲む文化が色濃く残っている。多くの人々にとってコーヒーはあくまで「輸出用の作物」であり、自宅で飲むものではなかった。 

シドニーが本当の意味でコーヒーとつながったのは、家族の農園ではない。ずっと後になってから、あるテック企業のオフィスで一台のマシンに夢中になったことがきっかけだった。

「同僚がネスプレッソマシンを持ってきたとき、これ、めっちゃカッコいいじゃん!って思ったのを覚えてる。2012年当時、ケニアではカプセル式のマシンなんてほとんど知られていなかったからね。僕も見たことなかったし」

その同僚が会社を辞めるとき、マシンも置いていってくれたが、“新しいおもちゃ”の扱いは簡単ではなかった。「大げさじゃなくて、2分後にはカプセルが切れたんだよ。近所の店に行っても、『カプセルは置いてません』って言われたしね」

そこでシドニーは工夫することにした。代わりになるものを探した末、プラスチック製の小さなカゴを即席のカプセルにして、挽いたコーヒー豆を中に詰めたのだ。手元にグラインダーがなかったため、ペッパーミルを使って挽き目を試し、味への影響を確かめた。

 「ソフトウェアエンジニアなら誰でもそうだと思うけど、ちょっと病的なくらいこだわっちゃうんだよ」

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ルワンダで輸出入を学ぶ

2015年に仕事でルワンダに移住したことで、シドニーのコーヒーへの興味はさらに深まった。

ケニアと同じく、ルワンダでもコーヒーは比較的ニッチな飲み物で、「高価で手の届かないもの」と見なされることが多かった。

「コーヒーってどこでも高くなりうるんだ。たとえ生産地であるケニアでもね。ルワンダでは多くの人がコーヒーの殻やかき集めたかすを混ぜたようなものを飲んで育つから、『コーヒー=ただ苦くて口当たりの悪い飲み物』という印象を持ちやすいんだ」

しかしシドニーは自分の抽出技術を磨くだけでなく、業界の新たな一面を学んでいった。スペシャルティコーヒーのムーブメントとともに、新しいコーヒーの捉え方が広がりつつある局面に立ち会ったからだ。

カジュアルな試飲会を開いては、コーヒーに対する価値観を再構築できるよう周囲に働きかけていった。学びと実験を重ねるうち、シドニーの好奇心はさらに「川上」へと向かっていく。コーヒー豆ができるまでに何が起きているのかを知るために、生産者を訪ねるようになった。

「精製の仕組みや、そこにどれほどの手間と配慮が注がれているかを知ってしまったら、もう見て見ぬふりはできなかった」とシドニーは語る。

生産者たちと関係を築き始めたシドニーは、「Endo Coffee」として生豆を直接仕入れて焙煎し、地元のロースターや大使館、非営利団体に販売し始めたのだ。

Lot20の構築

シドニーがコーヒーの世界に足を踏み入れたきっかけはネスプレッソマシンだったかもしれないが、その目的ははるかに深化していった。Lot20の中核にあるのは、好奇心と粘り強さ、そして見過ごされてきた地域(特にケニア西部)に新たな風を吹かせたいという思いに根ざした哲学だ。
事実、Lot20はケニアでコーヒー生産が盛んな地域では活動していない。生産者が少量のコーヒーしか生産せず、市場に直接アクセスできないような地域にフォーカスしているのだ。そうした地域の生産者たちを支える仕組みを築くべく、選択肢とフィードバックを提供し、彼らの評価も収入も高めることを目指している。

そんなシドニーの価値観は、ソフトウェアエンジニアとして培った「システム思考」のアプローチに根ざしている。 品質とは単に風味の良し悪しのみならず、その味がなぜ生まれるのか、サプライチェーン内で何が必要なのかを考えることでもある。

彼らの事業は、ケニア西部に点在する何百もの小規模生産者を対象としている。 伝統的な協同組合が、数ヶ月後に支払う、あるいは支払わないことがあるのに対し、Lot20は農家が持ち込んできたチェリーと引き換えに現金を渡す。 

このモデルはシンプルだが革新的だ。学費や医療費の支払いが迫っているとき、「すぐにお金をもらえること」は何よりも重要なのだ。

「ケニアの農家のほとんどは、自分たちが育てたコーヒーを一度も味わったことがないんだ」とシドニーは言う。

農家を「コーヒーの物語」の中に引き入れることが、Lot20を突き動かすもう一つの燃料なのだ。

数字は語る。2023年に精製した80万kgのチェリーの背後には、何千人もの農家がいる。しかし、真のインパクトは、シドニーが焙煎されたコーヒーを農家に持ち帰るときに見受けられる。

「みんな驚いた顔をして『これは本当に、おれの木から採れたコーヒーなの?」』と言う。だから僕はこう返すんだ『そう、しかも本当に美味しいんだよ!』って」

エタゴ村のロットは、Lot20を象徴する存在だ。ポルトガルのワイン生産者が村の名前をラベルに書くように、彼らは地域コミュニティに名を与える。

「まだ全ての農家の名前を出すことはできていないけど、『エタゴ』という名が袋に印刷されるだけでも、地域の人たちの誇りにつながる。それが最初の一歩なんだ」とシドニーは語る。

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ケニアのコーヒーシステム――なぜ農家は苦しむのか

「残念だけど、コーヒーは昔からマネーゲームなんだ。システムは、農家を貧しいままにしておくために設計されている。多くの農家は協同組合の構造に縛られ、自分たちの裁量を奪われている」とシドニーは語る。

従来の仕組みでは、生産者は協同組合が運営するウォッシングステーションにチェリーを持ち込むことが多い。協同組合が精製と販売を担うが、支払いは遅れがちで、ひどいときには何ヶ月もかかる。しかも農家は、自分たちのコーヒーを誰がいくらで買ったのか、知らされることがほとんどない。

そもそも、多くの協同組合は深刻な債務を抱えたまま運営されている。「金融機関が融資返済のためにすべての金を持っていくから、農家には1セントも入ってこないんだ」とシドニーは言う。

収穫時のコストをまかなうために借りた金は、コーヒーの販売代金によって返済される仕組みだ。返済期限が来れば、まず貸し手に優先的に支払われるため、生産者たちの手元にはほとんど何も残らないのだ。

Lot20は、この「透明性」と「裁量」という問題に立ち向かっている。小規模生産者と直接取引し、輸出業務を担うことで、生産者を最優先に据え、公正かつ迅速に支払う仕組みをつくろうとしているのだ。Lot20を特徴づけるのは、実験的な精製プロセスである。ケニア西部では、1950年代に植えられたブルーマウンテンやK7、ルイルなどの品種が混在している。何十年にもわたる非体系的な植え付けの結果、無秩序に育っていることが多いのだ。

「農園に行って木を見ても、『お前は一体何者なんだ?』って思うことがある。バナナの木の間の柵に沿ってコーヒーが植えられていたりするからね」

だがLot20では、この遺伝的な混ざり合いを積極的に活かそうとしている。 一貫性がないように見えて、新たな可能性の源になるからだ。

「出来の悪いチェリーでも、オレンジや麹菌と一緒に発酵させると、思いがけず特別なものができたりするんだよ。変わり種の寄せ集めが、驚くほど美味しいコーヒーになるってわかったんだ」

おわりに

シドニーはLot20を「革新のためのプラットフォーム」であり「変化を起こす手段」と位置づけている。 高品質なコーヒーを6コンテナ分輸出し、そのうち15〜20%は単一農園由来のものとする。そんな目標のもと、彼は生産者の声を届け、ケニア産コーヒーの可能性を広げようとしている。

「僕たちは業界の中でも“ちょっと変わった挑戦者”なんだ」とシドニーは誇らしげに語る。

 そう、やり方を変える意志さえあれば、コーヒーはもっと美味しくなる。もっと正当に報われるし、もっと深く人と人をつなげられるのだ。

Sidney Kibet

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