ケニアコーヒー業界の溝をともに埋める

コロナ禍がピークを迎えていた2020年、ロンドン南部の忙しい病院で働いていたザキヤ・ムゲは、短い休暇のつもりでケニアを訪れた。だが4年後の今、彼女はケニアで最も静かに革新を続けるコーヒー農園のひとつを経営している。

ケニアのルーツと帰還
現在、コーヒー農園の経営と輸出を手がけているGreat Riftの歩みは、エルドレットにあるドライミルから始まった。彼女の父は、イギリスで数十年過ごした後にケニアへ戻り、地域の農家たちと話をするなかで、多国籍企業のミルに対する不満が高まっていることを感じ取っていたからだ。ザキヤは言う。
「今振り返ると軽率だったかもしれない。ミルを始める前にもっと業界について知っておくべきでした。でもそれが業界に入るいい足がかりになると思ったんです」
イギリスで生まれ育ったザキヤは、薬学を学んでロンドンの病院で働いた後、2020年にケニアを訪れた。その旅はほどなくして、定住へと変わる。ケニア出身の父は30代前半でケニアを離れ、ブリストル大学で獣医学の博士号を取得するために渡英。そこで25年間暮らし、家庭を築いたのち、ケニアへ戻ってきたのだった。
「最初はかなり順調な滑り出しだったけれど、時間が経つにつれて、大きな格差があることに気づいた」とザキヤは振り返る。
24時間常駐の農学者、手厚いインセンティブなど、多国籍企業のミルには、小規模なGreat Riftでは到底まねできない強みがあったのだ。2020年までに彼らは、事業を縮小し、より自立した大規模農園のサポートに注力するという戦略的な決断を下す。しかしこうした農家は、常時農業技術面でのサポートを必要としていたわけではなく、むしろ「透明性」と「信頼」を求めていた。
そうした方針転換が実を結び始めた。ケニアのコーヒー産業は長らく多国籍企業に支配されており、小規模農家にはほとんど交渉力がなかった。だが2023年末、大規模な法改正がこの構図を一変させた。ケニア政府は多国籍企業に対する規制を強化し、コーヒーのサプライチェーン内で保有できるライセンスを1つに制限したのだ。
結果、ほとんどの企業は買付ライセンスを選び、ミル事業からは撤退したことで、業界には大きな空白が生まれた。「私たちにとっては追い風だったけれど、あまりに急激な変化に圧倒されました」突如としてGreat Riftに大量の処理需要が舞い込むなか、2024年半ばに自社の輸出ライセンスを取得して対応した。以来、自分たちのコーヒーだけでなく、提携農家のコーヒーも輸出。農園も持たずに始めた、善意からの無謀な挑戦は、独自のビジョンを描く、完全統合型の本格的事業へと進化したのだ。

成長
ザキヤはケニアを訪れた年、形になり始めたばかりの農園を16haまで拡張。56haにまで段階的に広げた現在では、植えられた時期や品種、精製方法がさまざまに組み合わさった複数の農園が、Great Riftと呼ばれる農園を構成している。ザキヤは毎年20haずつ拡張することを目指しており、少しずつ目標とする栽培面積120haに近づいている。
「そのうち40haでは植え付けの真っ最中。まだ本当に若い農園なので、私たち自身できちんと管理できるように、ゆっくりと成長させているんです」
しかし、拡大したのは土地だけではない。ザキヤの指揮のもと、Great Riftは独自のアイデンティティを築いてきた。それは伝統ではなく、意図的かつ大胆に違いを追求する姿勢に根ざしている。
「正直、私たちはすごく運が良かったと思うんです。特に、私たちが取り組んでいる精製方法に関しては、私たちの地域ではかなり革新的。ケニアではみんな、伝統的なウォッシュドを求めがちだから、私たちは輸出に関わるとき、全く違うことをやろうと決めたんです。ニエリやメルーのようなクラシックなウォッシュドには太刀打ちできませんからね」
Great Riftには、昔ながらのSL品種もなければ、ケニア中部の大農園が築いてきたような歴史もなかった。木々はまだ植えられてから3〜4年と若く、農園があるのは紅茶の産地として知られている地域だ。革新的な技術を使ってどんな付加価値を加えられるだろう? 地域の魅力をどうやって高められるだろう? そう自問した彼らは発酵やナチュラルプロセスへの注力、そして精製に対する深い探究心をもって、まったく新しいものをつくる道を選んだのである。

Great Riftの中核をなすのは自社農園だが、最大500件にものぼる契約農家とも連携。うち約85件は、ザキヤのチームが農業支援を提供し、施肥や精製方法を決めるところまで密に協力している。残りは基本的に取引ベースの関係で、小規模農家が収穫したチェリーを持ち込んできた際、その場で現金払いをする形が多い。
Great Riftは、すべての農家に同じ方法を押し付けず、個々の立場や状況に応じて柔軟に対応してきた。 たとえばより自立した契約農家にとっては、ナチュラルプロセスが最適なことも多い。収穫のバラつきや栄養不足による品質のブレをある程度打ち消してくれるからだ。
「発酵プロセスは、カップのバランスを整えてくれることがある。その一方で、パルピングをすると、問題があった場合にその欠点がはっきり出てしまうこともあるんですよね」
このように、農園の拡張、精製の革新、契約農家との柔軟な関係という多層的なアプローチを組み合わせたことで、Great Riftは市場の飽和や価格下落の圧力を回避してきた。これまで、大きな販売先の確保に苦労することはあまりなかったという。
「みんな必死に市場を探しています。バイヤーは私たちのことを『透明性やチャンスがあり、品質がいい』と認識してくれているんだと思います。これからもうまくいくといいんですけどね…」

品質を「共通言語」に
ザキヤが目指しているのは、精製についての理解と、それがカップの中身にどう影響するかについての共通言語を農家と共有することだ。
「契約農家の多くは農園で育ってきたので、収穫までのプロセスには慣れている。問題が起きるのは、収穫してからミルに運ぶまでの過程なんです」
だからこそザキヤは、農家に必要な知識と道具を届けて、その工程を正しく行えるように注力しているのだ。
彼らの農園では、コーヒーの栽培カレンダーに合わせて、2〜3か月ごとに定期的なトレーニングを実施している。 ミルや農園だけでなく、地域コミュニティの拠点で開催されることもある。

「ある地域の代表的な農家のもとを訪れて基礎的な研修をすることもありますし、肥料メーカーの協賛を受けて、大規模なイベントを開催することもあります。参加者の数は毎回変わるけれど、ひとつだけ確かなのは何も学ばずに帰る人は誰ひとりいないってこと」
ザキヤは、女性たちへの働きかけにも力を入れてきた。 収穫・発酵・乾燥といった品質に最も影響する工程を担っているのは、主に女性たちだからである。トレーニングの開催時間を夕方や週末に変更したり、女性主導の協同組合で開催したりする工夫を施してきた。
結果として、大きな改善が見られている。浮力選別のデータを根拠に「この1年で品質が向上しているのがはっきり分かる」とザキヤは言う。農家と長期的かつ双方向のパートナーシップを築くために、Great Riftでは、農家が収穫したチェリーを苗木と交換できる仕組みを提供している。「品質が良ければ、必ず売り先は見つかるんです」と彼女は力を込めて語る。

困難から学ぶ
成長を遂げてきたGreat Riftだが、男性優位のケニアのコーヒー業界で若い女性として道を切り拓いていく困難さは並大抵ではない。
「イギリスでも女性であるがゆえの疎外感は多少ありましたけど、ケニアはその比じゃない。誰もちゃんと話を聞いてくれないし、全く相手にしてくれなかったんだから」
彼女の苛立ちは、業界に根強く存在する構造的な不平等に由来する。世界銀行によれば、ケニアのコーヒー農園では労働の60〜80%を女性が担っているにもかかわらず、名義付きの土地を所有しているのはわずか5%、協同組合のリーダーになることも非常に稀だという。
情報が少なく、矛盾が多いケニアの煩雑なライセンス制度もザキヤが直面した困難のひとつだ。

「生産者は登録番号を持っていれば、コーヒーを販売したり輸出したりできる。輸出ライセンスなんて必要ない。農園の管理の仕方についてはあれこれ言ってくるのに、いざお金を稼ごうとすると、誰もちゃんと教えてくれない。たぶん、農家が直接販売できるようになると都合が悪い人たちがいるんだと思います」
社内でさえ、文化を変えるのには時間と努力が必要だった。
「私が来たとき、女性はひとりもいませんでした。だから私が意思決定する立場になったとき、これは変えなきゃいけないって思ったんです。郡内で最も成績優秀な女子生徒に高校進学の奨学金を提供する取り組みを4年間続けているのがその一例です」
とはいえ、すべてを一人でやってきたわけではない。同じくTYPICAのプラットフォームに参加するLot 20のシドニーは、初期における重要な協力者だった。
「私が初めて輸出を手がけたとき、シドニーは本当に手取り足取り助けてくれました。 それに、いくつかの精製方法に関しても、積極的に力を貸して、私たちを正しい方向に導いてくれたんです」

Great Riftのこれから
ザキヤは、単にコーヒー農園としての成功を目指しているわけではない。コーヒーに対する次世代の意識や見方を変えていきたいと考えている。
「若者の協同組合を立ち上げたいと思っています。35歳以下で、自分の農園は持っていなくても、親の農園を管理しているような人たち。そういう若者たちを巻き込んでいきたいんです」
Great Riftではすでに、ホテルやレストラン向けに高品質なロットの焙煎を行っているが、ザキヤはそれだけでは満足していない。
「農家自身が自分たちのコーヒーを楽しめるように、もっと価格帯の低いコーヒーも手がけたいんです。 農家の中にはカフェを所有し、そこで自分のコーヒーを売っている人たちもいますからね」
サステナビリティもまた、重要事項である。
「現実的に、農園の一区画から有機栽培に移行し始めたんですが、正直すごく大変です。 水の使用、マルチング(地表被覆)、堆肥の調達、そのどれもが時間と資源を必要としています。それでも私は、農家にできる可能性を身をもって示すようにしていますね」
もともとケニアに長く滞在するつもりはなかったザキヤだが、今や業界が求めていることにさえ気づいていなかったタイプのリーダーへと成長している。彼女が拡大してきたのは、農地や生産量だけではない。透明性や実験精神、特に若い世代の農家がコーヒーに可能性を見出せるような場を切り拓いてきたのだ。