変化は自ら生み出していく。インドネシアコーヒーを引き上げるために

インドネシア産のコーヒーは、年によって品質にばらつきが出やすく、バイヤーにとって大きなリスク要因となっている。特にスペシャルティコーヒー市場では品質の再現性が重視されるため、品質が不安定な産地との長期的な取引は敬遠される傾向がある。
この状況は、インドネシア国内のコーヒー産業の発展にとっても障壁となっている。世界有数の生産量を誇り、多様なテロワールと固有品種を持ちながら、品質管理とトレーサビリティの整備が追いつかないがゆえに、他国に後れをとっているのだ。

そんな問題を解決し、インドネシアに対するコーヒーのイメージを刷新しようと努めているのが、インドネシアの小規模農家、精製所とパートナーシップを築いているCATUR(チャトゥール)だ。創業は2021年。年間取扱量は約1100トン(2024年)で、内訳はコマーシャルが90%、スペシャルティが10%。スペシャルティはアチェのガヨ、西ジャワのロア、バリのキンタマーニ、南スラウェシのマリノ等の高品質なマイクロロットを中心に扱っている。
同社の成長エンジンとなっているのが、子会社Berlian Biotechが手がける微生物と発酵作用の研究だ。パートナーの精製所と協働しながら発酵技術の実験と応用を重ね、品質の一貫性と個性ある風味を兼ね備えたコーヒーの開発に取り組んでいる。
そんな彼らの軸には、「自分たちが変化の主体でありたい」との強い意志がある。

透明性が生む継続性
「コマーシャルにはトレーサビリティがなく、スペシャルティにはトレーサビリティがある」コーヒー業界ではそんな固定観念が存在するが、現実には例外も多く、そう単純に割り切れるものではない。
CATURで扱うコマーシャルはその最たる例で、スペシャルティと同様に、透明性を重視している。誰にいくら支払われたかを可視化した「トランスパレンシーレポート」を作成し、Webサイトでも公開しているのだ。その理由について、共同創業者/COOのケニーはこう語る。

「顧客には、そのコーヒーがどこから来たのか、誰にどのくらいお金が渡っているのかを知る権利があると思っています。コーヒーの売値が高い場合、中間業者が不当な利益を得ているんじゃないかと勘繰るバイヤーもいますからね。もし透明性が確保されていればその不安は払拭され、継続的な取引につながりやすい。
もちろんリスクもありますよ。特にコマーシャルの場合、私たちが得ているマージンは一桁台なので、途中で問題が起きればすぐに赤字になってしまう。必要があれば農家にはそういう状況を丁寧に説明し、価格を調整してもらうようにしています。そうやってお互い納得したうえで取引を進められると、扱えるボリュームも自然と増えていくんです」

経営の安定なくして発展はない
CATUR(チャトゥール)が誕生したのは、まだコロナ禍が完全に収束していなかった2021年。ケニーは、2024年のワールド・バリスタ・チャンピオンであるミカエルとともに、この挑戦をスタートさせた。
それまでケニーは、インドネシアに生豆を輸入する会社を経営していたが、コロナの影響により事業停止となったことで時間を持て余していた。そんなときにミカエルから「競技会で使うコーヒーを探すためにインドネシア国内をまわる」と聞いたケニーは、「僕が運転するから一緒に行ってもいいか?」と申し出た。コーヒーに並々ならぬ情熱を注ぐミカエルとともに時を過ごせば、自分を高められる期待感があったからだ。
もっとも、事業をやろうという具体的な話が出たのは、28日間の旅を終えてから数ヶ月後のことである。すでにコーヒーの精製に取り組んでいたミカエルと、会社の立ち上げ、運営には知見があるケニー。両者の強みをかけ合わせれば成功できる、そう信じた2人は、2人の友人を誘って4人でCATURを立ち上げた。

「まずはやってみないと分からない」という精神のもと、走りながら考えるスタイルを支えたのが、品質の向上と安定を実現させるイースト菌を用いた精製技術だった。旅の間にも、コーヒーの発酵に微生物を活用するというアイデアを普及させるために、二人は微生物が入った液体のボトルを100本以上配っていたのだ。
イースト菌を切り札に、スペシャルティコーヒーを農家からすべて買い取る仕組みで始めた事業の滑り出しは順調だった。もともとツテがあったこともあり、1年目には30トン、2年目には60トンが、さほど苦もなく完売した。だが勢いに乗って3年目に120トンにまで拡大したところ、壁にぶつかった。半分の60トンしか売れなかったのである。「他のバイヤーが買っているなら買わない」という声が多く、需要と供給のバランスを見極める難しさを痛感。赤字覚悟ですべてのロットを売り切り、その資金で北スマトラにドライミルを設立し、コマーシャルも手がけることを決断した。
「精製に時間がかかり、品質管理コストも大きいスペシャルティは、資金を回収するまでの期間が長くなるため、十分な企業体力がなければ一か八かの博打のようなビジネスになってしまう。年間を通して収穫、販売が可能なマンデリンを中心にコマーシャルで安定した収益基盤をつくることで、安心してスペシャルティにも挑戦できる、と気づいたんです。
巨大なコーヒー市場の魅力は、誰もがマーケットシェアを確保し、自分の役割や居場所を見出せるところだと信じています。もちろん私たちのやり方に否定的、批判的な人たちもいますが、正しいか間違っているかは、人の物差し次第で変わるもの。共感してくれる人とパートナーになれば、取引量は確実に増えていくことを体感しています」

結果を見なければ人は動かない
イースト菌を使った発酵は、新しい精製方法である。新しいものに対する抵抗感は世の常だが、ケニーらが当初、農家や精製担当者にこの方法を紹介すると、必ずと言っていいほど「それってどれくらいコストがかかるの?」という反応が返ってきた。
イースト菌は、飲めばすぐ元気になる特効薬のような存在ではない。それによって品質を高められれば販売価格も上がるが、そのぶん手間や時間がかかる。発酵タンクなど新しい設備への投資が必要で、発酵にも時間がかかるうえに、適切な手順を守り、温度や衛生環境の管理にも気を配らなければならない。

なかには「ぜひやってみたい」と前向きな農家もいたが、「難しすぎる」「時間がかかりすぎる」「すぐに売りたい」という反応が大半だった。実績がない手前、ケニーらも「品質が良くなれば、より高く売れるようになりますよ」と希望を語るしかなかった。
「私たちは、各地域でたった一人でも挑戦してくれる農家を見つけることに集中しました。結果が出れば、その人が口コミで広めてくれるからです。でもようやく広まり始めたのは3年目から。非常に時間がかかるプロセスです。
しかも、イースト精製に取り組んでも私たちが提示した手順に従わず、我流でやると品質は落ちてしまう。最悪の場合、売り物にすらならなくなる。そういう失敗から生じたネガティブな声も普及を妨げた要因のひとつです」

イースト精製における最大の難関は、データ管理だ。CATURのメンバーは農家や精製担当者に「品質の一貫性を保つには発酵時間やpH値、温度、イースト菌の量などのデータをすべて記録することが大切だ」と念入りに伝えているが、記憶や経験則、感覚に頼る人も少なくない。特に年配の農家ほどその傾向が強い。
「それが理に適っていればいいのですが、明確な判断基準がなく、きちんとした教育を受けていないのが現実です。そこで私たちは、好奇心のある人や意欲的な人にはノートや記録用のブックレットを配って、習慣づけを促しています。2024年、WBCでインドネシアのコーヒーを使い、イースト菌を使った精製を紹介したミカエルが優勝したことは追い風になりましたね。2025年7月現在では、13軒の農家がイースト菌を活用しています。

学びが変化を加速させる
Berlian Biotechが開発したイースト菌は、自国にとどまらず、パナマ、コロンビア、ブラジルの他、インド、タイ、ルワンダにも販売されている。現地でイースト菌を使って精製されたコーヒーはカッピングスコアの向上が確認され、そのコーヒーで競技会に出場している人も複数いる。
「一回の収穫期につき15~20ロットを試すのですが、その中で良い結果が得られるのは、運が良ければ2ロット、1ロットでも十分な成果です。うまくいったロットは保存して、祈るような気持ちで次に繋げます。
とはいえ、まだまだ理想に現実が追いついていない状況です。研究室には未開発の酵母の菌株が何千種類も保管されています。発酵の効果を確認できる試験農場が必要なんです。なので、いずれは実験に特化した“遊び場”のような農場とミルをつくり、訪問者への教育機能も備えた場にしたいと考えています。

私たちの事業目的は、より良いコーヒーを生み出し、農家やバイヤーの暮らしをより良くすること。特に農家の人たちに提供できる最大の恩恵は、学びを共有することだと思っています。だからこそ私たちのチームは頻繁に海外に出て、いろんな場所で知識や経験を吸収し、それを現地に還元するよう努めています。結果として、子どもを学校に通わせられるようになった農家や、家を改築した農家、設備を更新した農家の姿を見られるのはうれしいことです。
そういう変化を促していくには、誰かが変わるのを待つのではなく、まず自分たちから変わることが大切だと思っています。そこからイノベーションは広がり、インドネシアのコーヒーを世界最高レベルに押し上げていけると信じているからです」