ゆっくりだけど着実に。自然な成長が生むサステナビリティ

リスク管理やポートフォリオ戦略を考えるうえで、「卵を一つのカゴに盛るべきではない」というのはビジネスの鉄則とされている。単一の供給先や販路に依存すれば、市場の変動や予期せぬトラブルによって、事業継続リスクを負いかねないからだ。
しかしそんなセオリーを覆しているのが、タンザニア北部オルディアニの高地(標高1850〜1950m)でアカシアヒルズとテンボ・テンボの2農園を運営するレオンだ。TYPICAとの取引を始めてから4年目となる2024年、生産量の約60%をTYPICA経由で販売した。なかでもゲイシャやパカマラなど、単価が高い品種のシェア率はさらに高い。それゆえ「TYPICAに依存しすぎでは?」と指摘されることもあるが、レオンは意に介さない。

「以前はコンテナ単位でコーヒーを買ってくれるロースターやバイヤーを探すことに苦労していた。でもTYPICAと出会ってから、たとえ少量でも高品質なコーヒーを世界中のロースターに届けられるようになった。今はSNSの時代だから、ほぼ毎日のように誰かが私たちのコーヒーを焙煎、抽出している様子を見れる。それが本当に嬉しいんだ。
TYPICAの人たちはとても誠実で、この人たちはきっと裏切らないって思えるんだよね。付き合っていて、単純に気持ちいいんだ。何を聞いても真摯に答えてくれるし、彼らも私にいろんな質問をしてくれる。私たちの間に秘密は一切ない。
相場が上がったときほど、コーヒーを買いたいと言ってくる人は増えるけど、彼らがどんな条件を提示してきたとしてもTYPICAを最優先する姿勢を変えるつもりはないよ。もちろんTYPICAのニーズに合わずに売れ残ったときは、自分たちで売り先を見つけなきゃいけないけどね」

スペシャルティが生きる術だった
「白人系タンザニア人」を自称するレオンは、タンザニア北部のキリマンジャロのふもとの村で生まれ育った。祖父はギリシャにルーツを持ち、1920年にコーヒー農園を開いた。父は地元で開業医として働く傍ら、兼業でコーヒー農園も営んでいた。収穫期になると、午後には農園へと向かい汗を流す父の姿が今も記憶の中に残っている。
やがてレオンはイギリスに渡り、大学を卒業後は薬剤師として働いた。しかし?歳のとき、故郷で家族をつくりたいとの思いでイギリスで出会った妻のアイディーンとともにタンザニアに帰国。家業であるコーヒー農園の運営に関わり始めた。
だが、当時の農園は標高の低い土地にあり、栽培していたのはコマーシャルコーヒーのみ。市場価格の乱高下が激しく、安定的な収益を上げるのは難しい。効率化、機械化が進んだブラジルやベトナムなどに、価格で太刀打ちできる見込みもない。持続可能なビジネスにするにはどうすればいいか——。生存戦略を練る中でレオンが辿り着いた答えが、スペシャルティコーヒーだった。

2005年、東アフリカで年に一度開催されるコーヒー展示会(現・AFCA)に参加したレオンは、そこでキーパーソンと出会う。アメリカでポートランド・コーヒー・ロースターズを経営するマーク・ステルだ。
「オルディアニのコーヒーは本当に素晴らしかった。これまで飲んだタンザニアのコーヒーで一番美味しかった」彼からそう聞いたレオンは、2007年に現在の土地を購入し、スペシャルティコーヒーの生産を始めた。「ここの土壌は高品質なコーヒー生産に適している」という研究者の言葉も、レオンの背中を押していた。
図らずも、2003年にタンザニア政府が打ち出したコーヒーの輸出自由化政策は追い風だった。特定の条件を満たした生産者や企業は、政府のオークションを介さず、海外のバイヤーやロースターと直接取引できるようになったのだ。

しかしレオンがオルディアニで手に入れた農地は、長らく放置されていたために荒れ果てていた。まず土地を整備するところから着手したレオンは、多様な市場ニーズに応えるべく、国内で伝統的に栽培されてきたケントに加え、ゲイシャやパカマラ、SL28などを植え始めた。
「農園の状態があまりにも悪かったので、1年目の収穫はほんの数kgだけ。それでもマークが全量買い取ってくれたので本当に助かりました。以後、生産量が増えてからも彼らに買い支えてもらう状態が続いていたのですが、このままではリスクが大きいと感じて、自分で他の販路も探し始めたんです」
そこでレオンが始めたのが、地域内で開催する招待制のカッピングイベントだ。バイヤーにコーヒーを直接試飲してもらい、新たな取引先を開拓していく試みである。一定の成果は得られたものの、招待できる人数には限りがあり、開催にはコストもかかることが難点だった。より認知を広げるべく、2020年にはACEが主催するプライベートオークションに参加。それがTYPICAとの出会いを呼び寄せた。

農園はいわばオープンソース
TYPICAを通じてアカシアヒルズの認知が広まったことで、以前は想像もしなかった展開が生まれている。現在、デンマークのコペンハーゲンで暮らしていた中国人女性が、インターンとして半年間、農園に滞在しているのがその一例だ。国内外を問わず、学ぶ意欲を持った人々が農園を訪れることも少なくない。
「最初から壮大なマスタープランを描いていたわけじゃないし、ビジネス書を読んで綿密に事業計画を立てたこともない。植物が自然に芽吹いて育つように、いろんな幸運に恵まれて少しずつ成長してきた感覚がある。
もちろんポテンシャルを信じてこの農園を買ったんだけど、ポテンシャルを秘めた場所は世界に山ほどある。だけどうまくいかなかったり、日の目を見なかったりするケースも多いよね? その意味では、どこで誰と出会い、どんな関係を築けるかに左右されるところは大きいと思うんだ。

とはいえ、すべてが棚からぼた餅だったとは思わない。私たち自身も地道に努力してきたし、背景や流れもある。私たちはメディアにも出ないし、SNSで派手にアピールすることもない。ただ黙々とやるべきことをやり続けてきただけだけど、ちゃんと見てくれている人はいて、興味を持って連絡をくれるんだ。
私が常々大切にしているのは、農園のオープンソース化。私たちがこれまで得てきた知識や経験、成功のヒントがあれば、同業者でも喜んで共有したいと思ってる。企業秘密は一切ないから、質問があれば精一杯応えるし、来たい人は歓迎する。やり方を盗みたいと思えば盗んでもらっていい。
たとえば私たちは先んじて、大型野生動物(※)の侵入を防ぐための電気柵を農園の周囲に設けたんだけど、今ではまわりの多くの農園が同じようにしている。それは私たちが正しいことをやっている証拠だと思うんだよね」※農園に接しているンゴロンゴロ自然保護区には、ゾウやバッファローが生息している。

正しいことを続ければいい
事業が順調に成長している現在、レオンはコーヒー栽培エリアを50%ほど拡大する計画を立てている。並行して、自社で働くマネージャーたちの住まいを敷地内に建設するなど、収益のほぼすべてを投資に回している。
「単に規模を拡大したいわけじゃないよ。たとえ私がいなくなっても自走できるような、安定した事業基盤をつくりたいんだ。50年後も100年後も、自然環境が守られていて、地域の人たちの雇用を生み出している農園であってほしいからね。だから今回拡張する土地も含めて、全体の4割ほどのエリアはできるだけ自然のままに残しておくつもり。経済合理性を優先して、生物多様性を損なうようなことはしたくないんだ。

人からは『うまくいってるなら他の農園を買えば?』と勧められることがあるんだけど、規模にはあまり魅力を感じないんだよね。むしろ小さくても緻密に管理されていて完成度の高い方が好き。今うまくいってるのにストレスをかけて成長を求めるべきか、迷うこともあるくらい。とにかく、ゆっくりでも着実に成長していくのが私たちのスタイルなんだ。
だからたとえば、農園の新しい区画でコーヒーの木がゆっくり育ち、風景が少しずつ変わっていく。その様子を見ると、静かな満足感が押し寄せてくる。次世代のための基盤を築くことができている、という実感が湧いてくるんだ。毎日、愚直に正しいと思うことを続けていたら、ある日ふと、自分も何かを成し遂げることができたって感じられる気がするんだよね」

短期的な利益追求よりも、長期的な企業価値の向上と持続可能な成長を志す経営を「年輪経営」と呼ぶ。レオンが農園を購入してから18年。当初は7人だったスタッフは150人まで増えた。コーヒーの生産量も10倍ほどに増えている。長期的に見れば、その成長ぶりは明らかだ。
「タンザニアは教育水準は低く、社会保障のようなセーフティーネットがほとんどない。だから雇用を生み出すこと自体に大きな意味がある。これから事業を成長させて、300人規模までスタッフを増やせたら素晴らしいこと。タンザニアのような格差の大きな国で恵まれた立場にいる人間としては、これだけの人たちの暮らしを支えることは、ひとつの社会的責任だと思っているんだ」