THE COFFEESHOP ザ コーヒー ショップ / 萩原 大智

THE COFFEESHOP

ザ コーヒー ショップ / 萩原 大智

「器用なだけとは言わせない」本質と向き合い続けるロースターの“使命感”

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東京大学駒場キャンパス裏手の、落ち着いた時間が流れるエリアにたたずむスペシャルティコーヒー専門店「THE COFFEESHOP」。毎月コーヒーが届く定期便や、オリジナルデザインのドリップバッグを作れるサービスなど、店舗だけでなくECサイトを通して多くの事業を展開している。「いろいろやっていますが、一番大事にしているのは飲む人においしいと感じてもらうこと」と語る、店長の萩原大智さんに話をうかがった。 ※ 文中敬称略

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家でもおいしいコーヒーを

「THE COFFEESHOP」がオープンしたのは2011年。コンセプトは「豆選びから飲むところまで、トータルで満足できるコーヒー体験を届ける」。スペシャルティコーヒーの豊かな味わいや奥深い文化を伝えるため、焙煎や抽出方法にこだわる店として誕生した。

日本スペシャルティコーヒー協会が定めるスペシャルティコーヒーの定義には、1文目に「消費者が美味しいと評価して満足するコーヒーであること」と書かれている。それが、「THE COFFEESHOP」をつらぬく理念にもなっている。

オープン当初は焙煎豆を仕入れて販売していたが、2013年には自家焙煎をスタート。豆の購入時からカッピングとサンプル焙煎を繰り返し、自分たちが「おいしい」と感じた豆だけを厳選して販売している。

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カフェで提供する際には抽出方法を4種類から選べるなど、「From Seed to Cup」(コーヒー豆からカップまでのすべての段階において、徹底した品質管理をおこなうこと)を実践している。2012年には、当時まだ珍しかったコーヒーのサブスクリプションサービスも開始した。

スペシャルティコーヒーの奥深さに惹かれ、2016年に「THE COFFEESHOP」に入社した店長の萩原はこう語る。

「コーヒー屋って、コーヒー豆を売ったら終わりではないと思うんですよ。お客さんが家で淹れて飲むまでの過程で何かが起きて、おいしさが損なわれてしまったらもう、スペシャルティコーヒーの定義を満たさなくなるんです」

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日本にあるTHE COFFEESHOPでスペシャルティコーヒーを焙煎

初心者へのハードルを下げたかった

将来、自分の店を持つことは、大学時代からの目標だった。

「子どもの頃、自分が作った料理を家族から『おいしい』と言われることが好きだったんです。大学時代にはイタリアンレストランでアルバイトをしていましたが、自分が作ったもので喜んでもらえることは嬉しいし、おいしいものを食べている時に怒っている人はいませんから」

料理やコーヒー、お酒を扱う「PRONTO」に新卒で入社したのは、「ここなら幅広く学べるだろう」と考えたからだ。主体的に仕事に取り組む姿勢が評価されたのだろう。4年目には新規事業立ち上げのリーダーを任されるまでになった。その際携わったのが、ハンドドリップにこだわった「手づくり感ある」コーヒー店の立ち上げだ。

日本にあるTHE COFFEESHOPでスペシャルティコーヒーを焙煎

毎日コーヒーを飲む習慣はあったものの、特にこだわりのなかった萩原は、そこで初めて「嗜好品としてのコーヒーのおもしろさ」に目覚める。しかし、おいしいコーヒーを追求したいと望めば望むほど、自身が求めるクオリティをチェーン店で実現することの難しさも感じた。徐々に「コーヒーにしっかり向き合って、さらにスキルアップしたい」との思いが募り、「PRONTO」を退職する。

その後、萩原は自家焙煎のコーヒー専門店を何十店舗とめぐった。世間の評価とは関係なく、「自分が飲んでいいと思うもの」を求めた結果、スペシャルティコーヒーにたどり着く。しかし、産地や風味の表現が細かく分類されているスペシャルティコーヒーは、知識のない人には入りにくい世界だとも感じたという。

「当時、初心者に寄り添ってコーヒーを提案してくれる店は少なく、スペシャルティコーヒーのハードルが高くなってしまっていると感じました。もっとわかりやすく、味わいのすばらしさや世界の広がりを伝えていく努力が現場には必要だと思ったんです」

そんな中、味や店のデザイン、スタッフの雰囲気が理想に近かったのが「THE COFFEESHOP」だった。萩原は直接、「スタッフを募集していませんか?」と尋ね、2016年に入社。すぐに店長を任されたのである。

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器用なだけとは言わせない

「THE COFFEESHOP」の事業は多岐にわたるが、通底しているのは徹底した生活者目線だ。

自宅でも満足できる味を再現するために、ホームページをはじめYouTubeやSNSで道具の使い方やおすすめレシピを紹介。また、購入後に未開封のまま1か月が経過した豆を、無料で交換する「ビーンズオーバーホールサービス」を実施している。引き取った豆や、抽出後の出がらしは染料として再利用し、エコバッグやコーヒー染めの手ぬぐいを作っている。

こうしたアイデアは、スタッフミーティングでの何気ない会話から生まれている。例えば「ビーンズオーバーホールサービス」は、創業者から「古くなったコーヒー豆って、どうすればおいしく淹れられるの?」と聞かれたことがきっかけだった。

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離れて暮らす家族や友人にコーヒーを送ることができる「コーヒーシェアリングサービス」も、「コロナ禍の中、ビデオ通話をしながらお互いの手元に同じコーヒーがあったら嬉しいのでは」という、スタッフとの会話から生まれたアイデアだ。

「いろいろな事業をやっていることが強みでもあるけれど、ただ器用なだけにはならないようにしたいんです。うちのように発信力が高いと見られる店って、商売上手なだけでコーヒーの味は後回しなんじゃないか、と思われがち。そうじゃないと証明するためにも、常に基本に立ち返り、おいしいコーヒーと丁寧な接客を突き詰めていきたいと思っています」

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理屈抜きで「いいもの」はいい

どこかあまのじゃくで王道を歩まない萩原の生き方は、どんなふうに形作られてきたのだろう。

子どもの頃、大人になったら教師になるだろうと漫然と思っていたのは、母親が教師だったから。小中学校時代に野球をやったのは、兄がやっていたから――。そんな萩原が敷かれたレールの上から降りたのは、地元の友人とバンド活動を始めた高校時代のことだ。

「そこではじめて自分の意思で道を選んだというか、自分の好きなことをやるようになったんです。『国立大学に行きなさい』という親の言いつけに従わず、私立大学を選んだのもそう。バンドでも、歌がない曲や変拍子の曲など、普通じゃない曲ばかり作っていましたしね。

バンド活動は大学時代まで続けましたけど、僕も含めたメンバーはみんな他に友達が少なかったし、ひねくれた奴ばかり。自分たちの曲は売れ線とは違うんだと突っ張っていたし、J-POPなんてくそくらえだと思っていた。逆にブルーハーツやハイロウズみたいなヤバい人たちに憧れていたのは、なまじ勉強ができる優等生だったからでしょう。要するに僕は、普通じゃないこと、人と違うことがかっこいい、という“イタイ奴”だったんです(笑)。

ただ僕のなかで音楽とスペシャルティコーヒーに共通しているのは、表面的ではなく、本質的にいいと思うものを求めるところです。芯から揺さぶれられるような曲を好きになるのに、理屈なんてない。おいしいコーヒーもそれと同じだと思うんです」

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スペシャルティコーヒーの世界とは“水が合った”のだろう。「THE COFFEESHOP」に入社後、萩原が本格的に焙煎を始めたのは2017年末。だが、2018年には焙煎技術を競う全国大会「ローストマスターズチームチャレンジ2018」にチームの一員として出場し、優勝を果たしている。「ジャパン コーヒー ロースティング チャンピオンシップ (JCRC)」での優勝が現在の目標だという。

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「 独立したい」という思いはなくなった

どんな状況でもできることを考え、実行していく「THE COFFEESHOP」のスタンスは、コロナ禍でも変わらなかった。2020年4月の緊急事態宣言下では、ECサイトの送料を無料にし、5月には月替わりのブレンドを「アットホームミックス」と名付け、無料のドリップバッグを製作。「家での時間を楽しもう。大変な今をみんなで乗り切ろう」というメッセージとともに、2000~3000件の顧客に郵送した。

「お客さんから、オンラインで たくさんのメッセージをいただくようになりました。『大変な状況の中、コーヒーを届けてくれてありがとう』とか『コーヒーですごく助けられてます』とか。それが本当に嬉しくて、この仕事をやっていてよかったと思いましたね」

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「THE COFFEESHOP」という店やブランドの存在意義を身に沁みて感じていたなかで、予想だにしないことが起こる。2020年11月、創業者が突然亡くなったのだ。

「そこで自分がやっていく感覚が芽生えたことで、自分のためにも、残されたスタッフのためにも、店を続けていきたい、続けていかなきゃいけないという使命感みたいなものが生まれたんです。もともと店長兼ヘッドロースターとして責任感を感じていたし、みんなを引っ張っていくつもりで働いていました。ただやっぱり、“所属している”感覚だったのでしょう。

創業者に対しては、スペシャルティコーヒー業界での経験値がない自分を拾ってくれた恩もあるし、店舗運営を一任し、やりたいようにやらせてもらった感謝もある。ずっと頭の片隅にあった、独立したいという思いもすっかり消えた今は、自分がこの店をやっていく運命なんだと思っています」

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「THE COFFEESHOP」というシンプルな店名には、「日本を代表するコーヒー専門店になれるように」という創業者の思いが込められている。萩原がJCRCでの優勝を目標にしているのも、「こんなにおいしいコーヒー屋があるんだと、色んな人に知ってもらいたい」からだ。

「生活のそばにあるコーヒーは、おいしいと思ってもらうことがすべてです。もちろん、社会的に意義があるとか、生産者の助けになるとか、そういった要素も大切にしています。でも結局は、飲む人においしいと感じてもらうことが、僕たちのスタートであり、目指すべきゴールだと思っています」

文:ヒトミ☆クバーナ
編集:中道 達也
写真:Kenichi Aikawa

MY FAVORITE COFFEE人生を豊かにする「私の一杯」

自分にとってコーヒーは、毎日飲まないと生きていけないものです。好きなシチュエーションはたくさんありますが、やっぱり一人で飲むより、誰かと一緒に飲むコーヒーが好きですね。お店でコーヒーを提供するとき、少し余るぐらいの分量で抽出し、必ず試飲しています。「これ、我ながらおいしいと思いますよ」などと言いながらお出しして、お客さんも「おいしい」って言ってくれる。そういう会話を交わす時間が一番いいですね。

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