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約1年半の入念な準備を経て、2014年にミュンヘンで創業した「MAN VERSUS MACHINE COFFEE ROASTERS」(以下、MVSM)。独立した存在であることにこだわり、常に成長よりも品質を優先する姿勢が功を奏してか、ミシュランの星付きレストランや一流ホテルのバーなどから声がかかり、継続的な取引を実現している。「以前やっていた剣道の経験が生きている」という共同創業者のマルコさんに話をうかがった。
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人間と機械の絶え間ない“闘い”
「人間vs機械」。ど直球のネーミングである。この社名を考えた創業者は、機械的で無機質なものを拒み、徹底的にアナログにこだわる昔気質の人間なのかと思いきや、まったくそうではない。
「人間と機械の間には、常に相互作用がはたらいていると考えています。たとえば、バリスタが一日中グラインダーなどの機械を使いながら完璧な結果を追求するプロセスは、人間と機械の“闘い”でもある。
すぐれた機械を使わなければおいしいコーヒーは作れませんが、すぐれた機械を使ったからといっておいしいコーヒーが作れるわけではありません。機械を扱うのは、機械についてよく理解した人間でなくてはならないのです。
だから、おいしいコーヒーを作るには『安価な機械を選んでコストを抑える』といったショートカットをせず、一緒に働く人に感謝することに尽きるでしょう。機械を使って抽出し、コーヒーを完成させるのは彼らだからです。
私たちはこの社名を通して、パッケージが綺麗で、マーケティングに長けた工業的なロースターのコーヒーとは違うことを強調したかったのです。
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私たちが追求しているのは、人間と機械のベストな役割分担です。そこに意味があると感じたものはすべて手作業で行う一方で、ミスや間違いが起きるリスクを徹底的に排除し、より精度を高めたい場合は、データや機械を活用します。
機械は常に成果を向上させるための道具として認識されるべきもの。機械にできることはすべて機械が解決し、人間は人間であることに集中できるのがベストだと私は思っています。
車の自動運転でいうと、人間は運転に時間を奪われなくなる代わりに音楽を聴く、本を読むといった『やりたいこと』に100%の力を注げるようになれば、とてもすばらしいことですよね。
焙煎や抽出においても、それは同じ。できるだけ多くの技術を活用して均質化を図れれば、人間に余裕ができるぶん、自分の個性を発揮する余地が生まれますから」
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個性と工夫が感動を生む
人間の個性を重視しているマルコは、店のバリスタ全員に対して、独自のレシピやコーヒーを作るように促している。
「たとえば常連のお客さまが月曜日と水曜日にうちの店に来て、同じエスプレッソを頼んでも、香りや味は異なっている可能性があります。それは別のバリスタが淹れているからであり、そこにバリスタの個性が表れているからです。もちろん完成度は高くなければなりませんが、私はそれぞれのバリスタが淹れるコーヒーの仕上がりが違うのをよしとしています。
私たちの店で“一貫性”というのは、毎日寸分も変わらない味のコーヒーを提供している状態ではありません。常にコーヒーがおいしく、常にバリスタの個性が発揮されている状態を表しています。
そのコーヒーに最適なプロファイル(だと判断した方法)をいかに忠実に実行するかによって焙煎の違いは生まれる一方、ほぼ完璧なレシピに個々が加えるものによって違いが生まれるのが抽出のおもしろいところです。
だからこそ私たちは、お客さまの要望に応えようとするだけではなく、バリスタ個人の思いや意見、熱意を伝えることも大切にしています。それはお客さまが思いもよらなかったことを発見するチャンスにもなるからです。 品質は“道具”を完璧に使いこなすことで高められ、感動は個性や工夫を加えることで生まれるのだと私は考えています」
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“近道”さえしなければ、失敗しない
マルコがミュンヘンでMVSMを創業したのは、ドイツでまだスペシャルティコーヒーがそれほど広まっていない2014年頃のことだ。
「そんな時代にすべての資金を注ぎ込むわけだから、無謀で世間知らずというか、楽観的すぎるくらい楽観的だったのかもしれない」と振り返るマルコだが、創業前は1年半かけてコーヒーに関する情報や実践的なノウハウを詰め込めるだけ詰め込むなど、準備には万全を期したという。
「商品については完璧を求め、ビジネスについては徹底的に楽観主義を貫く。そんな思いを抱き続けられたのは、『よいロースターが焙煎したおいしいコーヒーに大きな可能性を感じているのは、私ひとりだけじゃない。多くの人がおいしいコーヒーを求めている』と確信していたからです」
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SNSなどでの情報発信はしても、自分たちのコーヒーを自ら売り込みに行ったことはない、というのも彼ららしい。
「仮に多くの資金や時間を費やさなければならなかったとしても、何かに専心して努力を惜しまなければすばらしい結果につながる。できるだけ早くお金を稼ぎたいと望んで近道を探すなど、間違った道さえ選ばなければ失敗しない。当時も今もそう強く信じているからです。
実際、私自身、近道をしようとする人が生み出した商品やサービスに、満足したことはほぼありません。ビジネスをするうえで真っ先に来るべきは、すばらしい商品を追求する姿勢であって、顧客や利益、評判といった他のものはその後についてくるもの。創業以来、私たちはそのスタンスを貫いています」
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「やる価値があるのか?」を考えない
「私たちが誰かからの出資を受けず、自己資本のみで事業を運営している(独立した存在でいる)のも、自分の信念にもとづいて妥協しない道を選びたいからです。
たとえば、利益率の観点からはまったく理に適っていなくとも、会社、コミュニティー、個人の生き方などの観点から非常に理に適っていると自分が思えば、そのやり方を選ぶことができます。ただ好きという理由だけで会社のロゴをワニに決めたのも、独立した存在だからできることです」
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マルコは創業時、『細部にまで注意を払う日本の精神を大切にする姿勢』を経営理念のひとつに掲げていた。かつて剣道をしていたマルコは、日本人との触れ合いや剣道の稽古を通して、「これはやる価値があるのか?」と考えない精神に影響を受けたという。
「私は以前、日本の商品を扱う店で、4〜5ユーロ(500〜600円)の小さなコップを購入したときのことが忘れられません。その店の店主が商品の包装にかけた時間は約20分。まるで効率的ではない仕事ぶりにとても驚き、感激しました。商品の値段にかかわらず、お客様に最高のおもてなしをしようという気持ちが伝わってきたからです」
MVSMを創業する前、マルコは『コーヒー道』も社名の候補に挙げていたという。ある意味、日本人よりも日本人らしいマルコにとって、コーヒーは生き方の次元を高める最高の“手段”でもあるのかもしれない。
文:中道 達也
MY FAVORITE COFFEE人生を豊かにする「私の一杯」
仕事の休憩中にコーヒーを飲んで、自分はコーヒーに関わる仕事をしているんだと実感するときに幸せを感じます。生産者をはじめとした多くの人々の努力の結晶である一杯のコーヒーがすばらしい味だったとすれば、万事うまくいったということ。とても満ち足りた気持ちになると同時に、謙虚な気持ちにもさせてくれるんです。私をこんなに幸せにしてくれるコーヒーを仕事にできるのは、この上ない特権だと感じています。
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Glockenbachviertel
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