「コーヒーだけじゃない」人気のコーヒー専門店。店主が抱える“贅沢”な悩みとは
大阪のベッドタウン・吹田市の住宅街にたたずむ自家焙煎コーヒー店kawakami coffee roaster(以下、カワカミコーヒー)。カウンターのみ6席の店は、平日も客が並ぶほどの人気ぶりだ。手づくりのサンドイッチや焼き菓子も提供するが、「コーヒーがおいしいと言われるのが一番うれしい」と語る店主の川上紘生さんに話をうかがった。 ※文中敬称略
ここでしか味わえないものを
最寄り駅から徒歩10分。駐車場もない。決して立地条件がいいわけではないが、土日だけでなく、時期によっては平日も人が並ぶカワカミコーヒー。スペシャルティコーヒーに限定し、自家焙煎した豆を販売する“コーヒーロースター”でありながら、コーヒーを注文しない客も多く訪れている。
そんな客たちの目当ては、サンドイッチやフレンチトーストなどのフードメニュー。提供しているサンドイッチはどれも1000円以上と手頃な価格ではないが、客足が途絶えることはない。なかでも人気なのが、BLTサンドイッチ。「ボリュームたっぷりの具材とトーストのバランスがよく、ベーコンの旨味とソースとの相性も抜群」などと評判だ。2014年に店をオープンした川上は言う。
「コーヒーしかできないと思われるのがすごく嫌で。サンドイッチやお菓子を含めたすべてのメニューで専門店以上のクオリティを出す店にしたかったんです。きっと負けず嫌いだからでしょう。何を作ってもおいしい自信はあるし、ここでしか味わえないものを出したい、よそには真似できない店にしたい、とはずっと思ってきましたから」
よりおいしいものを求める川上の姿勢に妥協はない。「照り焼きチキンサンドで言えば、より質のいい鶏肉に変えたり、ふっくら仕上がるように焼き時間を調整したり……。よりよいものを出せるよう、日常的にアップデートを繰り返している」という。
「でもやっぱり、僕が一番推したいのはコーヒーなんですよ。『サンドイッチ、フレンチトーストがおいしい』という感想が大半なので、たまに『コーヒーがおいしい』と先に言ってもらえたときが一番うれしい。『これまでコーヒーを飲んだことがなかったけど、ここやったら飲めるわ』と言われることも多いので、そういう方を増やしていきたいと思っています。
だから、注文時にサンドイッチだけ頼んで『以上です』と言われたりすると、さびしい気持ちになってしまう(笑)。いや、何であれ『おいしい』と言われるのはすごくありがたいことなんですけどね。7種類のサンドイッチと3種類のフレンチトーストを出しているので、『矛盾している』と言われたらその通りだし、スタッフにも『サンドイッチを1種類にしたらいいやん』とよく言われます。ぜいたくな悩みですよね」
人生を変えた一杯のコーヒー
そんな川上がコーヒーの世界に足を踏み入れるきっかけとなったのは、2000年代初頭、23歳のときに友人の勧めで訪れた自家焙煎コーヒー店だ。カフェが巷で流行っているのは知っていたが、別段興味があったわけでもない。コーヒーは好きだったが、「缶コーヒーが好き」という程度でしかなかった。
「その店で飲んだのは普通のオリジナルブレンドでしたけど、びっくりするくらいおいしかったんです。これは自分で淹れたいという思いに駆られながら、その日の夜に店に電話をし、採用してもらいました。そこが人生のターニングポイントですね」
当時、川上はパチンコ屋でのアルバイトや土方仕事をしながら、ただ生きていくためだけに金を稼ぐ日々を送っていた。いまだ定職に就いていない自分への焦りは募る一方だが、サラリーマンになりたいとも、向いているとも思えない。だからといって、自分に合う生き方も見つからない――。そんな葛藤がついに晴れる日が訪れたのだ。
「夢も希望もない日々のなかでエネルギーを持て余していたところもあったのでしょう。そのカフェでは、まずは店長を任せてもらえるように頑張ろうと、とにかくがむしゃらにやっていましたね。接客に対する苦手意識が強かった当初は、すぐやめようかと思っていた時期もありますが、ここで逃げたらダメだと自分に言い聞かせていました。その後、自分にはこの仕事しかできないと思ったこともあり、自分の店をもちたいという気持ちが固まったのは30歳前後だったでしょうか」
結局、川上はそのカフェで働くこと13年。後半の約10年間は店長を務めたほか、コーヒーの焙煎や抽出から、ケーキやサンドイッチ、系列店でのパスタやオムライス づくりまで、ひと通りの経験を積んだ。そうして2014年、満を持してカワカミコーヒーをオープンさせた。
「運転資金に余裕がなかったので、当初は大変でしたが、お客さんは年を追うごとに増えていき、3年目頃に急増。インスタグラムやTwitterなどのSNSが浸透してきたことで助かった面も大きいと思います。とにかく、告知したりしなくてもお客さんは来るだろう、絶対口コミで広まるはずだという自信はありましたね」
そんな川上だが、カフェで働くまで、料理や飲食の世界にまったく興味がなかったという。
「もともと器用な方で、10代の頃より骨組みの状態からバイクを組み立てたりしていました。何かを自分の手で完成させるのが好きなんですよね。その気持ちが原動力になっているという点では、今も昔も変わらないと思います。たとえば、これとこれを組み合わせたらこんな味が出せるんじゃないか、などと思いめぐらす時間は楽しいんです」
「カフェ」から「コーヒー屋」へ
独立後、集客にはさほど困らなかった川上だが、理想と現実のギャップに頭を悩ませることになる。近くの主婦や学生がファミレスやカフェ代わりに利用する「たまり場」のようになってしまったのだ。幼稚園に子どもを送ってから迎えに行くまで、店に5〜6時間居座る母親たちもいた。
そのジレンマを解消するため、川上は“顧客第一主義”を改めた。テーブル数を徐々に減らし、最終的にはカウンター席のみにして、「入店は2人まで」、「未就学児お断り」という制限も設けた。現在、焙煎機と生豆が入った麻袋が置かれている場所にはかつて、3脚のテーブルが並んでいた。
「カウンター前に『お静かにお願いします』といった内容の注意書きも設けていますし、場合によっては直接注意することもあります。うちはカフェではなく、コーヒー屋なので、静かにコーヒーや食べものを味わう空間だということを理解していただきたいと思っています」
そんな川上の媚びない姿勢が滲み出ていたのだろう。“とがった”内容の日記をブログで書いたときには、とあるレストランのオーナーから「めっちゃわかるけど、ようあんなはっきり言うわ(笑)。見てて気持ちええわ」と言われたこともある。
「人に合わせることはできますが、媚びたり、ゴマをすったりするのは無理なんです(笑)」そう語る川上のなかには、以前働いていたカフェの思想が色濃く残っている。そのカフェは『お客様に来ていただけることに感謝すべき』という考え方のもと、いいものを安く提供するスタンスを貫いていたのである。
開業当初、コーヒー+パンのモーニングセットをワンコイン(コーヒー1杯450円+トースト50円)で提供していたのもその影響によるものだ。
「妻と二人だから人件費はかからない、という理由もありましたが、一番は高い値段をつけることに大きな抵抗感があったんです」
以後、何度か小刻みに値上げをしているため、『残念です』『長居できない』と言って離れていく客もいた。だが一方で、『こんなにおいしいねんから値上げは当たり前や』と支持してくれる常連客も何人かいたのである。
「結局、安い価格設定で『長居できる店』、『手頃な店』というイメージを植えつけてしまった自分が悪いんです」
葛藤を繰り返しながら川上は、「いい食材を使っているんだからそれなりの対価をもらってもいいだろう」との判断で、当初、550円だったサンドイッチはすべて1000円以上に値上げ。セット割引などの特典もやめ、すべて単品注文にした。その他、トースト系の廃止をはじめとしたメニュー数の削減など、自分に合う店づくりを進めてきた。
そんな今でも「このクオリティでこの価格は安すぎる」という賛辞を送る常連客や、「ちょっと言わせてもらうと、並ぶのが嫌やからコーヒー一杯1000円にしてよ。僕だけは毎日来るから」と要望する常連客がいる。彼らは、川上の店づくりが正しかったことを証明しているのだ。
「わかる人にはわかっていただけるんだなと感じています。ただ、お客さん目線は忘れたくないというか、『コーヒーは何でも一緒』というお客さんや食事に来るお客さんも大事にしたいんです。せっかく培ってきた技術を眠らせておくのももったいない気がするので、サンドイッチを辞めるつもりはありません」
「店で出しているもののクオリティは絶対に落としたくない」がゆえに「人に任せるのがすごく苦手なタイプ」だという川上だが、近年は新たなステージに差しかかっている。スタッフがやりたいことをやらせるなど、“経営者”として人に委ねる領域を少しずつ増やしてきたという。
「自分もカフェでいろんなことをやらせてもらったので、働いている時間を有意義に過ごすためにも、いろんなことをさせてあげたいなと。まだぼんやりとですが、若いスタッフが活躍できる場として2号店をつくりたいなとも考えています。行きあたりばったりで生きるタイプなので、どうなるのかはわからないんですけども(笑)」
MY FAVORITE COFFEE人生を豊かにする「私の一杯」
休日の朝に、家で飲むコーヒーです。何も考えず、一番リラックスしているときに飲むとよりおいしく感じます。1杯目はコーヒー単体で、2杯目からは朝ごはんと一緒に飲むことが多いですね。カリタのミルとポットを使っていますが、淹れ方は店でお客さんに提供するときとまったく同じ。たとえプライベートであっても、味がブレるのは嫌なんです。
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