TYPICA GUIDE
ICOI COFFEE 佐々木 風帆

ICOI COFFEE

佐々木 風帆

「コーヒー屋には役割がある」誰かの日常に“弾み”をつける

コーヒー屋の存在意義は何か? そんな問いと向き合いながら愛媛県松山市で「ICOI COFFEE」を営む人がいる。27歳の佐々木風帆さんだ。

大学時代の授業をきっかけにコーヒーへの関心を深めていった佐々木さん。お気に入りのコーヒー店で焙煎や抽出を学び、自分で淹れたコーヒーを提供する喜びを味わううちに、コーヒーをビジネスとして考えるようになった。大学を卒業した年に起業し、飲食店の空きスペースでコーヒー屋を営業した期間を経て、パートナーの中島里和さんと店をオープンしたのは2021年1月のことだ。

店ではダイレクトトレードされたコーヒー生豆のみを取り扱い、コンポストによるコーヒーかすの堆肥化も行う。サステナビリティを意識しながら店を営む彼の原動力はどこにあるのだろう。

きっかけは何気ないコミュニケーションから

人口減少が止まらない日本。とりわけ地方では急激な少子高齢化が進む。外から人を呼び込もうと、どの自治体も子育てや定住・移住支援の取り組みに躍起になっているが、その明暗は分かれる。四国における成功例の一つが、瀬戸内海に面した松山市の三津浜エリアだ。空き家を活用した飲食店や宿泊施設が進出し、移住先として注目されている。そんなエリアの一角にICOI COFFEEはある。

古い街並みを残しながら近年変貌しているエリアとあって、店には新しいもの好きな学生も多く訪れる。佐々木にとってほぼ同世代にあたる彼らとのコミュニケーションは日々の楽しみだ。もちろんコーヒーの魅力を伝える場面もあるが、距離感を縮めるために「どんな勉強をしているの?」といった他愛もない会話を大切にしている。

「店にはいろんな人が来て、多種多様な分野の話をしてくれるので、僕の方こそ気付きをもらったり、好奇心をくすぐられたりしています。量子論とかプログラミングとか、自分には浅い知識しかない分野で素人丸出しの質問をしても、お客さんが喜んで話してくれることもある。逆にコーヒーの話は難しく捉えられがちなので、何回も通ってくれるようになってから始めても遅くないかなと思っています」

とはいえ、コーヒーそのものに興味を持ってもらえれば本望だ。以前はミルク入りのコーヒーしか飲めなかった一人の若い男性客がいた。何度も店に通い続けるうちに少しずつ興味が湧いてきた彼の様子を察した佐々木は、あるときブラックコーヒーを勧めた。その一杯を気に入ったところからコーヒーの奥深さに惹かれていった彼はやがて、ICOI COFFEEのスタッフになった。

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コーヒーが世界を広げてくれた

佐々木をコーヒーの世界へといざなったのは、大学時代に出会い、交際を始めた中島だった。中島の実家は自家焙煎のカフェを営んでいた。佐々木にとって初めての「誰かが淹れてくれたコーヒー」は、彼女が淹れたコーヒーだった。

大学2年の時に受けた授業で、佐々木は好きな飲み物の新たな一面を知ることになる。教室で上映されたドキュメンタリー映像のテーマはコーヒー。記憶はおぼろげだが、先進国で大量に消費されるコーヒーは発展途上国の安価な労働力を搾取してつくられているという構造に光が当てられていた。

「僕にとって、授業は卒業するために出席するものでしかなかったんです。出席日数が足りなくて単位を落とすほど不真面目でした。でも、その授業を受けてからは学ぶことが楽しくなって、まるで人が変わったようにいろんな授業に出るようになりました。生まれて初めて社会問題に関心を持ったんです」

想像したこともなかった世界の真実に触れたのを機に、佐々木は開発援助論のゼミを選び、卒業論文のテーマをフェアトレードと決めた。そのドキュメンタリー映像を通して知ったフェアトレードは、初めて学びたいという意欲がふつふつと湧いてきたテーマだった。

一方で佐々木は飲み物としてのコーヒーにものめり込んでいった。コーヒーの種類や器具について学ぼうと一冊の本を買い、手網での焙煎を始めた。やがて中島の両親が営むカフェの軒先を借りて店を出し、コーヒーの販売も始めた。

「自分が焙煎して淹れたコーヒーでお金をいただく。そのコーヒーをお客さんが愉しんでいる姿を見る。こんな喜びは他では味わえなかったと思います」

大学生活を送った山梨の地で、個性的な喫茶店やロースターに出会ったのも刺激となった。「コーヒーやるなら、売ってみなよ」と背中を押してくれた大学近くのバンカムの中村操。焙煎や抽出のみならず、コーヒー屋としての生き方を教えてくれた寺崎COFFEEの寺崎亮やAKITO COFFEEの丹澤亜希斗。いずれも地域に根差した人気店だ。

「田舎出身の僕はコーヒー屋さんというものを知らずに育ったので、存在意義がわからなかったんです。レストランに行けばご飯が食べられるけど、コーヒー屋さんでは食べられない。だったらレストランで事足りるんじゃないの?と思っていました。

でも山梨ではコーヒー屋さんが地域に馴染んで、生産者やコミュニティのことを考えながら真剣にビジネスをしていました。そういう先輩たちに憧れた部分はありますね。

当時の僕は本当にまっさらだったからこそ、大学で学んだコーヒー業界の実態も、コーヒー屋の先輩から学んだことも、フィルタリングをかけずに100%本気で受け取ったんだと思います。出会うものや人が違えば危うい方向に行ってしまう可能性もあったかもしれません」

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自ら考え、自ら決めた

佐々木は愛媛県の山間部の町で生まれ育った。人口は3000人足らず。街灯や信号はほとんどなく、夜は真っ暗。コンビニも一軒もなく、必要があれば隣町まで片道16kmの道のりを自転車で走った。

とはいえ、富士山の麓にある山梨の大学に進学したのは、故郷を出たいと願っていたからではない。高校の担任の勧めで受験し、たまたま合格したからだった。「そこにしか住んだことがないと、自分が田舎者であることすら気付かない。これは鉄板ネタなんですけど、山梨に出るとまず電車の乗り方から覚える必要があったんです(笑)。Suicaを作った時の感動は今でも覚えています。

同じ田舎でも、電車に乗れば2時間ほどで東京に出られるという意味で山梨は十分都会でした。高校時代まで、服はコンビニで買ったAmazonギフトカードを使ってネットで買うものだったけれど、山梨で暮らし始めてからは東京の店で買うようになりました」

大学生活が終わりに差しかかり就職を意識する頃になると、「コーヒー屋になること」が将来の目標となっていた。父は水道工事業、祖母は飲食店経営という家庭環境の影響もあったのか、自分で事業をやることには抵抗がなかった。

だが卒業間際、コーヒー店を開業したいと打ち明けた佐々木に対し、父は「甘くない」と猛反対した。それでも佐々木は考えを曲げなかった。「当時は父と険悪にもなりましたが、『絶対できる』という根拠のない自信がありました。今思うと、飲食店のやりくりで相当苦労している祖母を見ていたからこそ、父は反対したんだろうなと思います。息子が茨の道に進もうとしていることへの不安や、大学に行かせたのだからちゃんと働いてほしいという願いもあったんだろうなと。とはいえ、そこで反対されたからこそ、覚悟をもってやれました。今となっては父も応援してくれています」

世界をフィールドにした開発援助を学ぶ一方で、佐々木の関心は故郷の過疎や少子高齢化にも向かっていた。地元が衰退していると知った以上、我関せずといった態度は取りたくなかったのだ。

「開発援助もまちづくりも、つまるところ人だと思うんです。外部から入って来た人がコミュニティに馴染み、住民と繋がれるかが鍵を握ります。

補助金を活用したまちづくりの失敗事例の中には、補助金に依存した結果、経営努力をしなくなり、補助金なしでは維持できない状態に陥っているケースもありました。それは全然サステナブルじゃないなって思ったんです」

ビジネスをやるならサービスと品質とサステナビリティのバランスを大切にしたい。そんな思いが、三津浜で起業する道を佐々木に選ばせた。縁もゆかりもなかったが、愛媛の中でも移住者が多く、成功事例として知られる「アツい場所」なら成功率は高まると踏んだのだ。

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日常に“弾み”をつける存在に

ICOI COFFEEは創業以来、店で取り扱うコーヒー生豆の100%をTYPICAを通して買っている。取引先を一つに絞るのはビジネス上リスクも伴うが、佐々木は意に介さない。

「真剣にコーヒービジネスを考えた時、これは必然的な流れでした。ある意味、選挙のような感じです。自分が良いサービスだと思うものに対価を払い、さらに良いサービスを追求してもらうために一票を投じる。日本だとそれがTYPICAさんなのかなと。

TYPICAさんが扱うコーヒー生豆だけと言ってもバリエーションが豊富なので、その中で他の店にはない個性を出して尖っていくこともできると思いますし」

TYPICAというプラットフォームを選んだのは、佐々木自身、自己満足的な部分だけで店をやっていることに不安があったからでもある。何のために店をやっているのかという問いに対し、明確な答えを持ち合わせていなかったからだ。

「その答えはこれからも見つからないかもしれないけれど、見つけるためには真剣にやるというか、ある一定の覚悟を持ってやらないといけないと思っています。じゃないと僕は怠けてしまう。だから最近、新しい店をオープンしたんです」

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2023年4月にオープンした2号店は、1号店よりも市内の中心部にあり店内も広い。より多くの人との接点が生まれることを佐々木は期待する。新たにスタッフも雇用した。

「正直に言うと、1店舗なら人を雇わなくても妻と2人だけでやれる。その方がお金も貯まるかもしれない。でも、地域に根ざす店として果たせる役割を考えると、僕が山梨でコーヒー屋さんの先輩たちに育ててもらったように、コーヒーを仕事にしたい若い人にチャンスを与えたいんです」

佐々木は最近、コンポストによるコーヒーかすの堆肥化も始めた。いずれは焼き菓子の製造過程で出る生ごみも含め、ごみの総量を減らしたいと考えている。

「コーヒービジネスを続けられる環境を次の世代にバトンタッチしたいですし、単純に毎日膨大なごみの量を目にすると心が痛むというのもあります。商売をしている限りごみは出るし、電気やガス、水を使う。何かしら環境に負荷をかけている以上、自分にできることはやらないといけない気がするんです。

突き詰めればコーヒーって、なくても生活していけると思うんです。でも、コーヒー屋がまちに一軒あるかないかで人の視野や情報の感度は変わるだろうし、こうした蓄積が興味や関心を育ててその先の何かに繋がっていくと思う部分もある。ICOI COFFEEがあることでまちに弾みがつくような存在になりたいって真剣に考えています」

文:竹本 拓也
写真:大森敬太(mirror studio)

MY FAVORITE COFFEE人生を豊かにする「私の一杯」

開店準備を終えた直後に飲むドリップコーヒーです。仕事中、エスプレッソの味の調整のために口にすることはありますが、カップ一杯分飲むコーヒーは一日でこれだけ。ギアを入れるというよりは、ほっとするためのコーヒーですね。豆はだいたいいつも、店のラインナップからその時の気分で選んでいます。「エイジングが今良い感じだからこれにしよう」っていう時もあります。何を飲もうか考える時間まで含めて楽しいです。

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ICOI COFFEE SUEHIRO

[営業時間]
平日9:00-17:00 土日祝9:00-18:00