Ditta Artigianale ディタ アルティジャナーレ / フランチェスコ・サナポ

Ditta Artigianale

ディタ アルティジャナーレ / フランチェスコ・サナポ

そこに心はこもっているか? 歴史をつなぐ“職人集団”

イタリア(フィレンツェ)のコーヒーロースター:Ditta Artigianaleの写真01

2013年にイタリア・フィレンツェでマイクロロースタリーとして創業したDitta Artigianale。現在は3店舗のカフェ運営を中心に、オンライン販売や卸売を手がけている。

同社の共同創業者であるフランチェスコ・サナポは、イタリア国内のバリスタチャンピオンに3度輝いた経歴の持ち主だ。最近ではコーヒーの生産地を旅する様子をリポートした映像作品を自主制作するなど、活動の幅を広げている。そんな彼だが、根底にある思いは変わらない。『職人工場』という社名にも息づくスピリットを探った。 

イタリアのコーヒーロースター:Ditta Artigianaleの写真02

新しい職人像を発信する

寡黙で気難しくて、人前に出ることを好まない――。一般的な職人のイメージを抱いて、“職人集団”を創業したフランチェスコと会えば、戸惑いを覚えるだろう。自撮り画像も含め、店のSNSなどにもしばしば登場するチャーミングな男は、気さくで、話し上手で、茶目っ気もある。だがそれは、彼の一面にすぎない。

「今の時代に合った新しい職人像を世に発信していけるような職人でありたいと思っています。コーヒー業界の職人の数が減り、かつてのような輝きが薄れつつある今、もう一度、その価値を再生させたいのです」

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Ditta Artigianaleでは、新しいバリスタが入社した際、少なくとも6ヶ月はエスプレッソマシンには触らせないというルールを設けている。最高のコーヒーを提供するために、バリスタたちは集中的にトレーニングを積み、技術や知識、経験を蓄えるのだ。

もっとも、フランチェスコが重視しているのは技術だけではない。Ditta Artigianaleでは、コーヒーとは直接関わらないシェフやマーケター、ウエイターも含めたスタッフ全員にコーヒー研修を実施している。

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「コーヒー研修は、職人としての“心”を伝える場です。コーヒーの価値を共有し、コーヒーに対する理解を深めてもらいたいのです。当社では3ヶ月に一度、全社会議を開き、『ケアする心を持つことの大切さ』を説いていますが、どんなに小さいことでも自分たちの行動一つひとつに意識を向け、責任を持たなければなりません。

大切なのは、職人的なアプローチです。持てる知識や学びの成果を駆使しながら、自分の仕事に愛情や情熱を注ぎ込むこと。こういった姿勢が私たちの会社の根幹であり、新しい時代の職人の根幹を成していると考えています」

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すべては業界をよくするために

その心がけを、フランチェスコは自ら実践している。

「私は1年のうち約3〜4ヶ月間、生産地で過ごしていますが、一緒に仕事をしたいと思える相手かどうかを確かめるには、直接訪ねて話をすること以上によい方法はありません。時には一緒にビールを飲み、夕食を共にすることでつながりが生まれます。一緒に仕事をして、ビジネスを成功させるためには同じ方向を向いていなければならないのです。

スペシャルティコーヒーは、飲み物としてだけではなく、生産者からカップまでつながるすべてのプロセスが特別です。だから私はコーヒーピッカーの人たちにも正当な対価(サプライチェーンに関わるすべての人を幸せにできる価格)を支払いますし、コーヒーを育んでくれる地球に対しても敬意を払います。この10年間で世界は劇的に変わり、倫理的で持続可能なビジネスをすることが強く求められていますしね」

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Ditta Artigianaleのカフェでは、テイクアウト用にリサイクル可能な紙カップを使用するだけでなく、客には店内飲食を推奨。また、自社商品として販売中の竹製のマイカップを持参した客には50セント引きでコーヒーを提供している。

「息子を授かったとき、彼らの世代によりよい地球を残さなければいけないと考え始めたのです。今、私の頭の中では緊急警報が鳴り響いています。創業当時からおいしいコーヒーを提供するだけでなく、提供するまでのアプローチもよりよくしていきたいと思っていましたが、息子の誕生を機にその思いが爆発的に膨らんだのです」

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サステナビリティへの意識を、フランチェスコは全方位的に張り巡らせている。スタッフに対しては、業界平均の2割ほど高い給与を支払い、業界では珍しい(連続した)週休二日制を導入している他、顧問心理療法士のカウンセリングを受けられる態勢も整えている。

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業界をよりよくしたいと願うフランチェスコの活動は、一経営者の枠にとどまらない。“コーヒーの専門家”として自ら探し出した映像カメラマンや編集者、スポンサーとともに、映像作品『コーヒー・ハンター』を自主制作しているのだ。

その作品は、フランチェスコが最高のコーヒーを求めて生産地を旅し、現地の人々と触れ合っている様子をリポートするという内容だ。2021年の年末には第一弾となる“ウガンダ訪問記”がイタリアの国営テレビで放映されたという。

「飲食を扱うチャンネルだったので、特にパティシエやシェフ、ソムリエからのメッセージがたくさん届きました。番組を通してこれまであまり踏み込んでこなかった領域の人たちとつながることができたのは大きな収穫です。2022年はコロンビアで同様の企画を実施する予定を立てています。

私は野心家な性格で、常に成長を求める人間です。バリスタとしてキャリアをスタートさせたからといって、バリスタとしてキャリアを終える必要はありません。未来を夢見ている若いバリスタたちに、私は範を示したいのです」

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現在、観光地としても有名な花の都・フィレンツェに3店舗のカフェを構えるDitta Artigianale。2022年中に新たに2店舗をオープンした後は、他の街に展開していく構想を練っている。何がフランチェスコを事業拡大に向かわせているのだろうか?

「スペシャルティコーヒーの認知度が高まっている生産地では、多くの若者が両親とは違うことがしたい、スペシャルティコーヒーを栽培したいと思っています。にもかかわらず、それを売る市場がなく、売り方も知らないのが現状です。だからこそ、私はもっと一般の人たちと対話して、スペシャルティコーヒーを広めていかなければなりません。

それはもはや、私にとって仕事ではなく執着です。まだまだ小さな世界にすぎないスペシャルティコーヒー界を変えていかなければならないのです。

私たちがどんな仕事をしているのか、生産者からコーヒーを買うことがどういう意味を持つのか、バリスタとは何か……といったことを一般の人たちに理解してもらうなかで、その人にとっての最高の一杯が見つかると私は信じています」

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思いは伝わる

フランチェスコをコーヒーの世界に引き合わせたのは父だった。14歳の頃、イタリア南部の町・プーリアのコーヒーバーで働いていた父に連れられて、ホスピタリティ業界をのぞき見たのがきっかけだ。

「人手が足りないときに時々仕事を手伝っていましたが、働くというよりはいろんな人との出会いを楽しんでいる感覚でした。今も同じ考えなのですが、人との出会いは人生において何よりも美しいことです。人との出会いを通して私たちは成長し、この地球に存在する意義を得られると私は考えています。

ただ、職人だった父は、6年間、エスプレッソマシンには一度も触らせてくれませんでした。つまり、一人前のバリスタとして認めてもらえなかったのです。もどかしさのあまり、私は父がいない隙を見計らって、こっそりマシンを使ってエスプレッソをつくっていました」

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20歳のとき、新しい人生を切り拓くためにフィレンツェに引っ越したフランチェスコは、身近だったコーヒー業界で働き始めた。

転機が訪れたのは、25歳の頃(2005年頃)。スペシャルティコーヒーと出会い、これまでのアプローチを見直すとともに、コーヒーコンサルタントとして、中規模、大規模のコーヒー企業の品質管理や社員教育に携わるようになったのだ。

だが、イタリアにコーヒーの新しいアプローチを紹介し、コーヒーに新しい価値を与えたいという願いはその仕事では叶えられなかった。こうしてフランチェスコは、スペシャルティコーヒーの世界にイタリアの旗を立てたい、という志を胸に、Ditta Artigianaleを創業したのである。

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もっとも、イタリアは「スターバックスが1店舗もない」ことを国民が誇りにしていた国である。スターバックスの「中興の祖」とも呼ばれる元会長ハワード・シュルツは、1983年にはじめて訪れたミラノのエスプレッソバーから得たインスピレーションを店づくりに反映させている。そんな国でスペシャルティコーヒーを広めていくことは容易ではなかった。

「新しいものは、習慣を守りたい人を脅かすこともあれば、反発を招くこともあります。私の店では、エスプレッソ一杯に他店の2倍の値段をつけたこともあり、喧嘩腰で抗議してくる人もいました。『あなたたちの提供するコーヒーはフルーティーすぎる』と文句を言う人もいましたね」

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なかでも印象深かったのが、オープン後数日のうちに訪れた70歳くらいの男性客だ。彼は1ユーロ硬貨をレジカウンターに置き、コーヒーを注文した。しかし、Ditta Artigianaleにその金額で買えるコーヒーはない。

「申し訳ありません。当店のコーヒーは一杯1.5ユーロなんです。どうしてその値段にしているのか説明させてください」

フランチェスコがそう伝えると、その男は耳を傾ける素振りすら見せず、「泥棒」「クソ野郎」「頭がおかしい」など、あらゆる罵詈雑言を浴びせた末、「半年後にはこの店は潰れている。この店もおまえのコンセプトも失敗する」と吐き捨てて店を出ていった。

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半年後――。​​いつも通り店を営業していると、その男が外の通りを歩きながら店内の様子をうかがっていた。フランチェスコは、同僚にエスプレッソマシンの管理を任せて店の外にいる男に声をかけた。

「5分だけ時間をいただけませんか? なぜこの店が潰れていないか、私たちがここで何をしているのかを説明させてください」

その後、フランチェスコは彼と一緒にエスプレッソを飲みながら、この一杯の背景にあるすべてを語り尽くした。そこで納得したのか、今やその男は、毎日通う店一番の得意客になっているという。

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歴史を上書きし続ける

イタリア国内のバリスタチャンピオンシップに3度優勝(2010、2011、2013年)しているフランチェスコだが、初めて大会に出場した際は最下位に終わっている。しかし、惨敗を喫して鼻っ柱をへし折られた経験は、彼の心に火をつけた。負けず嫌いな性分も手伝って、挫折をバネに学びやトレーニングを加速させたことが、彼を優勝へと導いたのだ。

そんなフランチェスコには、忘れられない思い出がある。初めて優勝した後、最初に電話した父に「イタリアNo.1のバリスタになったよ。エスプレッソマシン触ってもいい?」と冗談交じりに尋ねたところ、父は嗚咽を漏らし始めた。それまで一度も父が泣いている姿を見た覚えがなかったこともあり、そのできごとはフランチェスコの胸に深く刻まれたという。

「伝統的で保守的な考え方を持つ父は、一杯のコーヒーをつくるのにも細部までこだわる人でした。コーヒーをつくることは父にとって儀式のようなもので、すべての経験や知識を注ぎ込んでいました。時代に合わせたやり方に変えるべきところもありますが、『経験なくして最高のコーヒーをお客さまに提供できない』という父の考え方は現代にも十分適用できます。

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私のミッションを端的に表現すれば、歴史を敬いつつ、新たな歴史を刻み、歴史を上書きし続けること。歴史を継承するためには、勉強や研究を重ねて成長し続けなければなりません。私たちの世代に求められているのは、父や祖父がつくった歴史や伝統を次代につないでいくことだと思っています。

ただし、それを成功させるためにはこれまでとは違う発信の仕方やマーケティング戦略が必要です。Amazonはたった1秒で何でも買えますし、自宅で商品を受け取れます。フィレンツェには個性あるナイフや財布、革製品をつくっている老舗の店がありますが、そこまで買いに行くのは大変な労力が必要ですし、Amazonで買う商品よりも高いお金を支払わなければならないからです」

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消費者の選択肢が多様化し、消費の即席化が進んだ今、あらゆる分野において「伝統」は存続の危機に瀕している。そんな今、強く求められているのが、モノの価値を語り伝える媒介者の存在だ。バリスタからコーヒーの専門家となり、より広がりのある世界へと舞台を移してきたフランチェスコのメッセージは、時代を問わない普遍性に満ちている。

「私は私生活でも、背景に物語がある製品を使うようにしています。といっても、私の持ち物すべてが小さな職人工房の製品ではありません。たとえば、大きな農園がつくったワインを買うこともありますが、それは古い会社や農園とはアプローチが異なるとてもダイナミックな会社だからです。規模の大小は関係ありません。私のキーワードは『ケア』。そこに作り手の心が込められているかどうかが何よりも大切なのです」

文:中道 達也
写真:Nedo Baglioni

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MY FAVORITE COFFEE人生を豊かにする「私の一杯」

1日の始まりに家族と一緒に飲む、妻がつくってくれたコーヒーです。いつも妻は「私がコーヒーのチャンピオンであるあなたにコーヒーをつくるなんて」と言ってきます(笑)。コーヒーには「また素敵な一日が始まる」というメッセージが含まれているのです。

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Sant'ambrogio

[営業時間]
金〜水 7:30 - 24:00/木 8:30 - 24:00