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東京・千駄ヶ谷。アパレル関連をはじめとする企業のオフィスや学校、住宅が集まり、明治神宮や国立競技場もほど近いこの地域に、コーヒースタンドのBE A GOOD NEIGHBOR COFFEE KIOSKとコーヒーの焙煎や焼き菓子などの製造を行うGOOD NEIGHBORS’ PROVISIONS(以下、PROVISIONS)がある。
“Be a good neighbor”(良き隣人たれ)という名を冠した千駄ヶ谷の店舗には、近隣の住民やオフィスで働く人々が日々訪れる。同店と押上の二号店の焙煎とクオリティコントロールを担うのが、31歳の鈴木龍友さんと28歳の池田雅哉さんだ。若くして責任あるポジションを受け持ちながらも、自然体で周囲と風通しの良い人間関係を築く二人に話を伺った。(※文中敬称略)
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“良き隣人”たちとの関係を築く場所
アメリカ・サンフランシスコのとあるカフェの入り口。新聞の自動販売機の上に置かれたコーヒーカップ。
そんなさりげない日常を捉えた一枚のスナップ写真が、11年前にオープンしたBE A GOOD NEIGHBOR COFFEE KIOSK(以下、KIOSK)の原点だ。立ち上げに関わった編集者の岡本仁が撮影したものだという。鈴木はこう話す。
「そのカフェには、消防士が制服でコーヒーを買いに来たりしていて、『すごくいい風景だよね、日本でもそういう日常が見られる店を作りたいね』と話していたそうです。実際に千駄ヶ谷の店舗の目の前にも郵便ポストがあって、お客様がその上にコーヒーを乗せて仲間と喋っていたり、郵便屋さんが集配のついでにコーヒーを飲んで休んでいかれたり、同僚の方が話を聞いて買いに来ることもあります。岡本さんの思い描いた光景が形になっているな、と思う瞬間です」
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人々の生活に根付くカフェでありたい。その想いは、「BE A GOOD NEIGHBOR(良き隣人たれ)」という店名にも込められている。
「海外出張に行った岡本さんが、集合住宅に貼ってあった『BE A GOOD NEIGHBOR』という標語にヒントを得たそうです。『〇〇しましょう』『〇〇してはいけない』といった言い方ではなく、ただ一言『良き隣人たれ』。心地良い関係を保つためにできることを考えて行動しよう、という意味が込められている。その考え方がいいなと印象に残っていたそうです」
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そんな折、たまたま社内で所有していたスペースが一つ空くことになった。元々タバコ屋だったその小さな空間と、当時日本ではあまり浸透していなかったスペシャルティコーヒーを組み合わせてできたのが千駄ヶ谷の店舗だ。
「喫茶店やカフェと呼ぶには気恥ずかしいくらい狭い店だったので、『キオスク』と呼ぶことにしたと聞きました」
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忙しい合間に立ち寄り、必要なものを手に入れる場所。KIOSKは一般的なキオスクが持つその気軽な雰囲気を残しつつも、人々の交流が生まれる場所になっている。ストアマネージャーとして店頭に立つ池田はこう語る。
「千駄ヶ谷の店舗は周りに企業が多く、平日は近所に勤める方々が休憩時間やお昼休みに来られます。毎日のルーティンとして通われる方が多く、中には一日2,3回コーヒーを飲みに来る方もいます。お店で話しているうちに、企業同士のコラボレーションにつながることもあります。これまでも、アパレルブランドやバッグブランドと共同でTシャツやバッグを作ったりしました。お店としても会社としても良いご近所付き合いが築けているのかなと思います」
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
未経験から一ヶ月で引き継ぎ、焙煎の責任者に
気軽でオープンな雰囲気は、焙煎所のPROVISIONSも変わらないと鈴木は言う。
「一般のお客様が来ることはありませんが、同業者や個人的な知り合いが立ち寄ってくれます。シェアローストなどを通じて、焙煎のことをフラットに話せる場になっていて。凝り固まった自分の価値観がほぐれ、視野が広がっていく感覚があります」
2年前に入社した時、鈴木はバリスタとしての経験はあったものの焙煎は未経験だった。
焙煎士を目指したのは、前職のスターバックス時代にコスタリカの農園を訪れるツアーに参加したのがきっかけだ。
「コーヒーの生産過程では、どうしても自然環境に影響を与えてしまう。だからこそその影響を理解して、環境に感謝し、できるだけ自然由来の肥料を使用するなど自分たちができることをやるんだと話してくれました。その真摯な向き合い方に触れて、自分には何ができるだろうと考え始めました。
それと同時に、生豆の鮮度を保つ方法など、技術的な工夫も多く見聞きし、普段店頭では気づかない、地道な努力を知りました。そこから生豆に関心を持ち始め、一番近くで扱える焙煎業務に携わりたいと思うようになりました」
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スターバックスの中でも、より本格的な抽出を行う店舗「ネイバーフッド アンド コーヒー」で勤務したことも、焙煎への興味を加速させた。
「抽出作業をオートのマシンで行う通常店舗に対して、『ネイバーフッド アンド コーヒー』はより高いクオリティを求めて、マニュアルのマシンで抽出します。自分が考えないとコーヒーが美味しくならない環境に身を置く中で、たくさんの発見や疑問が出てきました。コーヒーと向き合うことは味の追求だけでなく、素材の生豆を知ることも含むんだと気づいて、コーヒーの奥深さを実感するようになりました」
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焙煎士としてのキャリアを築くことを決めた鈴木は、スターバックスを退職した。憧れの焙煎士の後を追って今の会社に入社したものの、彼が一ヶ月後に退社することがわかり、急きょ焙煎の責任者を引き継いだ。
「こんなに早く自分がメインのポジションに立つとは思いませんでしたが、焙煎はずっとやりたいことだったので前向きな気持ちで引き受けました。
もちろん苦労はあるだろうけど、必要な苦労だからむしろ楽しみたいな、と。焙煎士というと職人のイメージが強いですが、コーヒーに向き合う姿勢も含め、普段着で作業する海外の焙煎士のような自由なスタイルが自分には合っているなと思います」
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選ばれないものも拾い、コーヒーのあらゆる可能性を追求する
鈴木が焙煎を行う上で大事にしているのは、正解不正解という基準を設けず、そのコーヒーのあらゆる可能性を追求することだ。
「例えばエチオピアであれば華やかという一般的なイメージはありますが、そう決めつけると、それ以外の焙煎をやらなくなってしまうんですよね。一番学びが多いのは焙煎が自分の思い通りにいかなかったとき。そのときにこそ多くの気づきがありますし、焙煎士がいろんな考えやスタイルを持っている理由が理解できます。また、この生豆ならこういう可能性もありなのでは、と考えも広がります」
いわばフリースタイルが鈴木流と言えるのかもしれない。焙煎士の個性が前面に出た味に憧れることもあるが、自分の役割はそこではないと分析する。
「他の焙煎士たちが選ばなかったものも、見つけて拾っていきたいなと思っているんです。コーヒー豆にはいろいろな個性があることを伝えられればな、と。それがお客様に響いたり、他の焙煎士のヒントになったりと、業界や生産者に良い影響を与えられれば嬉しいですね」
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フリースタイルの難しさは決まった型がなく、あらゆる選択肢の中から手探りで一つ一つの可能性を試していかなければならないことだろう。鈴木が時間と資金をもっとも投下するのは情報収集だ。国内よりも専門性が高く、焙煎に関する技術や知識が言語化されている海外の書籍やSNS、ブログなどで情報を集め、時間をかけて読み込む。それらを実践する段階では、周囲の同業者たちと積極的に意見を交わす。
「焙煎に対する絶対的な自信はなくて、むしろ未知の部分を楽しむようにしています。もちろん自信が出てきた部分もありますが、それを前面に押し出して“僕の味”になってしまうのは少しつまらないかな、と。違う価値観の人と話す中での発見が良い焙煎につながることがあるので、一人でやるよりはいろんな人の意見を取り入れていきたいです」
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実際のところ、焙煎は池田と二人で行うことが多い。現在池田が担当するクオリティコントロールも、元々は鈴木が担当していた業務だった。業務を分担するようになったのはここ一年ほどのことだ。
「焙煎を始めてみて、生豆を選ぶ大変さや、素材の良し悪しを自分で判断する責任の重さ、クオリティの担保、店頭スタッフに伝える難しさなど様々な課題が見えました。特にスタッフとのコミュニケーションは、お店に入っていないと伝えにくい部分があって。だから抽出が得意な池田にそこを担ってもらうことにしたんです」
池田が間に入ることで、スタッフに焙煎の意図が的確に伝わるようになり、スタッフから意見をもらうことも増えた。焙煎業務に割ける時間が多くなり、池田の焙煎からヒントを得ることもあるなど、その相乗効果を実感しているという。
「いい意味で、一人でやることの限界も見えました。時間もアイディアもより自由になったと感じます」
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柔軟な考え方で“隣人”の輪を広げる
クオリティコントロールのほかにスタッフへのトレーニングも受け持つ池田は、常に客にとっての最善を考えながら焙煎と店頭の橋渡しを担う。
「店に来たお客様にとって、コーヒーは選択肢の一つです。例えばコーヒーを飲んでみたいけれど酸味が苦手、という方には甘さを引き出すレシピで抽出するようにスタッフにもトレーニングします。
一方で、鈴木が焙煎したものをどう表現するかでコーヒーのクオリティは大きく変わります。引き出しすぎず、足りないものがないようにバランス良く、というところも伝えています」
2018年に入社した池田は、前任者の退職を機に2020年からトレーニングの責任者を任されている。人と接することが好きで接客業をやりたいという思いからコーヒー業界に入ったこともあり、現在の仕事は自分らしさを生かせていると感じているという。
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「知識や技術をどう伝えていくかを考えるのはもともと好きでしたし、さまざまなスタッフがいる中で、その人に伝わりやすい言葉選びを常日頃から考えています。
基本知識や食を扱う身としての責任などは教えますが、具体的な接客方法は各スタッフが自分で考えています。全てを教えることもできますが、一つの考え方や方法で統一するのは違うかな、と。コーヒーに対する向き合い方も、それぞれの働き方も異なります。いろんな感覚を持った人がいるからこそ、お店が成り立つと思うんです」
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そのフラットな姿勢は客に対しても同様だ。焼き菓子やグッズを買いに来る客など、コーヒーが飲めない客にも配慮する。それがかえって、良い出会いを生むこともある。
「そういう方がたまたまお店でコーヒーを飲んで、美味しさに気づくこともあります。コーヒーが全てではないことを踏まえて、お客様が何を求めているか、どういうご提案ができるかを大切にしています」
現在店ではスペシャルティコーヒーを取り扱っているが、その点を客に強調することもない。
「たまたま今扱っているのがスペシャルティなだけで、良い豆があればスペシャルティ以外を取り扱う可能性もありますから」
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池田も鈴木も、考え方が柔軟で自由だ。PROVISIONSを訪れた人と話をしては気づきを得て、それを実践し、また違う人にフィードバックをもらう。そんな風通しの良い循環の輪はまさに「良き隣人」を連想させる。
今の目標は「良き隣人」の輪をさらに広げていくことだと鈴木は話す。
「PROVISIONSもKIOSKもまだまだ知名度は十分とは言えません。自家焙煎をしていることも含め、今後もっと認知度を上げていきたいと思っています。焙煎については、大会に出て結果を残したいという目標もあります。
あとは、もっと規模を大きくして生産者との交流を増やしていきたいですね。コスタリカの農園を訪問してからコスタリカのコーヒーについては熱を持って話せるようになりましたし、その国の文化を知ることがコーヒーへの理解を深める上で重要だと実感しました。生産者との関係性が築けると、自分たちの価値観も変わりますし、会社にとっても良い取り組みに繋がるのではと期待しています。僕も池田もケニアのコーヒー豆が好きなので、まずはケニアに行きたいです」
文:KANA ISHIYAMA
編集:中道 達也
写真:Kenichi Aikawa
MY FAVORITE COFFEE人生を豊かにする「私の一杯」
鈴木:基本的になんでも美味しいと感じる方ですが、淹れてくれた人や焙煎してくれた人の考えが伝わるコーヒーが特に好きです。抽出中の姿が真剣だと「何を考えているのかな」と思いますし、焙煎豆を見ると「どういうところに気を付けて焙煎したのかな」と気になります。
池田:お店やシチュエーションに関係なく、自分のために淹れてくれた一杯が好きです。その人への感謝やその人の想いを感じながら味わいます。それだけで美味しさも増しますし、いつ飲んでも嬉しいなと感じます。
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