コーヒーが育つ国の強みを。ゲームチェンジをウガンダから起こす
高品質なスペシャルティコーヒーを安定的に生産し、コーヒー生豆が市場価格の倍以上で取引されることを目指すウガンダの輸出会社・Mountain Harvest(以下MH)。2017年に創業後、約800人の小規模生産者と手を組み、土壌を回復させながらコーヒーを栽培する再生農業のプロジェクトなどに取り組んでいる。
そんなMHで精製と品質管理を担う27歳のイブラヒムが2023年2月、アフリカ最大のバリスタ大会でチャンピオンに輝いた。ウガンダ人として初で同年6月にギリシャで開催される世界大会への出場も決まった。取り扱う生豆が国内のコンテストで3年連続で優勝するなど実績を積み重ねてきたMHだが、今回の快挙を機に国内外の注目が集まっている。
イブラヒムは「MHには絶好の環境とチームのサポートがある」と語る。今回の優勝の裏には自身の情熱や努力はもちろん、人材育成を大きな柱とするMHの企業風土があった。コーチを務めたCEOのニコは「彼はトップになるべくしてなった人物。でも、ウガンダにはまだ多くの才能が隠れている」と力を込める。イブラヒムの成功はMHの今後やウガンダのコーヒー業界にとってどのような意味を持つのだろうか。2人に聞いた。
チャンスと環境を提供する
2023年2月、ルワンダの首都キガリ。アフリカファインコーヒー協会(AFCA)が主催するバリスタ大会でチャンピオンとしてアナウンスされたのはイブラヒムの名前だった。アフリカ諸国全体で争う国際大会は初挑戦。ウガンダ人初の偉業に、会場に居合わせたニコらも立ち上がって歓喜した。イブラヒムは自身が管理する精製所でつくったアナエロビックなど2種類のコーヒーで臨み、「斬新かつエキサイティング」と審査員から評価を受けた。
「ミルクとのペアリングで試行錯誤を繰り返し、最高のレシピを生み出すことができました。本番はもちろん緊張していましたが、ベストを尽くせるよう競技に集中していました。負けず嫌いな性格も勝因の一つかもしれません」
バリスタ大会のプレゼンテーションで取り入れたミルクの「フリーズ・ディスティレーション」(凍結濃縮法)。水分を減らしてミルクの風味や甘味を最大限に引き出すとされ、近年のバリスタの大会で使われている流行りの技法である。
「僕たちが伝えたかったのは、通常のミルクを超えられる可能性です。コーヒー単体ではなく、コーヒーとのペアリングによって最高の飲み物が表現できないかを探っているのです。大会で使うコーヒーは競争力と独自性がないと勝負になりませんから」
今回イブラヒムのコーチを務めたニコは練習に励みたいイブラヒムのために、オフィスの上階に簡易的な部屋を用意した。MHの周辺にはカフェがなく十分な練習ができない上、繁忙期になるとオフィス内に練習場所を確保できなくなるからだ。イブラヒムは実験データを正確に追跡、記録するシステムを活用し、一貫性と再現性を確保することにも努めてきた。
イブラヒム「MHは試作段階から必要なリソースを提供してくれるなど、僕を全面的にバックアップしてくれた。途中から加わったデータチームに至っては、データ収集から今後の利活用についてまで手ほどきしてくれたんです」
ウガンダはエチオピアに次ぐアフリカ第2位のコーヒー生産国だ。だが、専門性を持った人材の養成機関は国内になく、「コーヒーのプロ」になるには教育や情報へのアクセスが限られていた。その課題に挑むMHでは各部署に大学生のインターンシップを受け入れ、優秀な人材がいれば社員として登用している。
ニコ「人はいくら学びたいという情熱を持っていても、それを発揮する機会がなければ持て余してしまいます。ウガンダではせっかくチャンスを手に入れても、それがするりとこぼれ落ちてしまうこともある。だからこそ、多くの人は巡ってきたチャンスを必死に掴み取りにいくのです。
その最たる例がイブラヒムでしょう。彼はチャンスを無駄にしないように努力を重ね、競争力をつけてきました。コーヒーの指導者になりたいという彼の目標は、きっと実現しますよ。私たちはウガンダの優れたコーヒーを広めるだけでなく、革新的な人材がいると知らせることで、ウガンダに対するイメージを変えられると思っています」
コーヒー業界を再構築する
イブラヒムがコーヒーと初めて出会ったのは生物学を専攻していた大学時代。友人宅を訪れた時に出された飲み物がコーヒーだった。何か薬物を入れられたのではないかと疑うほど、その夜は興奮状態で寝付けなかった。翌朝、友人に確認した結果、身体の異変はコーヒーによって引き起こされたと判明した。
この体験をきっかけに、イブラヒムは大学のコーヒークラブに入部。学内のバリスタコンテストで2位になり全国大会出場を決めると、初挑戦ながら4位の成績を収めた。2度目の全国大会でも4位に入り、実力の片鱗を覗かせた。
「僕を駆り立てるものはコーヒーに対する情熱と探究心、そしてイノベーティブマインド(革新的な精神)です。競技会は日頃の鍛錬の成果を披露する格好の舞台です。どうすれば個性のある味を生み出し、ライバルたちに差をつけるプレゼンテーションができるのか。競争があるからこそコーヒーについての議論を深められるし、ベストな表現を追求できるのです」
バリスタからコーヒーの世界に入ったイブラヒムだが、その奥深さを知るにつれて、興味はおのずと精製や品質管理へと移っていった。ネット検索でハニープロセスについて調べ、生産者と一緒に試みたこともある。うまくいかなかったが、それが幸いしてMHとの接点が生まれた。
MHに勤めていた友人の紹介で、イブラヒムは内部を見学する機会を得た。これまで見たことのない精製や乾燥方法を目の当たりにしたり、カッピングテーブルで「最高のコーヒー」と思えるものに出会ったり。卒業後はウガンダの首都・カンパラのコーヒーショップでバリスタや品質管理を担当していたが、いくつかの縁に恵まれてMHで働くことになった。現在は精製と品質管理を本職としている。
「MHは、一人ひとりがスキルを伸ばしながら新しいものを創造するチャンスを与えてくれます。そのおかげで品質管理やバリスタ経験、科学的な見地といった自分の強みを遺憾なく発揮できる。品質は最優先で、結果を重視するスタンスを貫いているところに惹かれるんです」
世界一のバリスタを決めるワールドバリスタチャンピオンシップ(WBC)の出場者や上位入賞者はコーヒーの消費国が大半を占める。イブラヒムのような生産国の若者がその舞台に立つことで、消費国側に秤が傾いたコーヒー業界のゲームチェンジを起こしうるというのがニコの考えだ。
ニコ「イブラヒムには、生産国に生まれ育った人間ならではの視点があります。生まれたときからコーヒーは人生の一部であり、血の中に流れている。彼が語る物語りにはパワーが宿っているのです」
才能を開花させるプラットフォームに
今回のバリスタ大会では、イブラヒム以外にもウガンダ勢が上位に名を連ねた。スペシャルティコーヒーの生産や輸出を支える体制の脆弱さがウガンダの弱点だったが、ウガンダコーヒー開発局(UCDA)など国の機関が品種改良や技術支援を進めているここ数年、様相は変わりつつある。バリスタ競技会の開催や、Qグレーダーなどの資格取得を促進するなど、官民が歩調を合わせてコーヒー産業の振興を図ろうとする流れは、各工程の標準化を進めながらプロフェッショナルの育成に注力するMHにとっても追い風となりうる。
ニコ「今後5年でより多くの資金や支援が得られるようになると、MHの教育環境もさらに充実するでしょう。より多くの人が精製や品質管理の仕事を得られる可能性もあります。MHはウガンダに眠っている才能を引き出し、ウガンダだけではなく、コーヒー業界全体に貢献できるような人材になるための機会と環境を提供するプラットフォームにならなければいけません」
その種をまくためにMHが注力しているのが、草の根レベルでの競争力と品質に対する理解の強化だ。小規模なウォッシングステーションでの教育活動には、そのエッセンスが凝縮されている。人里離れた地域にある施設で、若者たちはイブラヒムら「コーヒーのプロ」からトレーニングを受ける。試験農園に囲まれた環境を存分に活かし、彼らは農園の管理やコーヒーチェリーの収穫から、ウガンダでは珍しい農業技術や機材の取り扱いまでを実地で学ぶことができるのだ。
イブラヒムら技術者を農園に派遣することで、MHは生産者の経済状況を把握し、若者たちが高品質なコーヒーの生産でより良い報酬を得られるよう支援している。やがて彼らは農園の専門家となり、その中でもイブラヒムのようなイノベーティブマインドを持つ者は、サステナブルなコーヒービジネスを志して精製のプロを目指すという流れが生まれつつある。
ニコ「私たちの取り組みは生産者に情熱の火を灯しています。エルゴン山はまさに学びと研究、革新の場。必ずしも、親がコーヒー農家だから自分も同じ仕事をやるというお決まりのルートを歩まなくてもいいんです。
これまでに出会ったことのない視点や考え方、思い描いたことのない働き方に触れれば、自分がインスピレーションを与える側に立つなど、自分に合う仕事を見つけられるでしょう。コーヒー業界のイノベーションは農園レベルから始まります。イブラヒムのような人材がウガンダコーヒーの未来なのです」
2023年6月、イブラヒムはアテネで開催される世界大会に挑む。2015年のバリスタ世界チャンピオン、ササ・セスティックが紹介した精製方法、カーボニックマセレーションに衝撃を受けてから8年。ウガンダのコーヒーの名を世界に轟かせるために、持てる全てをぶつけるつもりだ。
イブラヒム「それぞれの国の大会を勝ち抜いた精鋭たちが集う場なので、決して甘くはないことは分かっています。ウガンダのコーヒーだけでなく国を背負った戦いだと思っているのでプレッシャーもある。
でも僕はコーヒーを作っている国の人間です。コーヒーがどの地域で、どんな土壌で、どんなふうに育っているかを知っている。コーヒーについて語るのは消費国のライバルたちよりも簡単なこと。朝、突然起こされて『コーヒーの話をしてくれ』と言われてもお安い御用です。コーヒーと共に生きてきたんですから」
文:竹本拓也