お金じゃ測れぬ価値がある。心が躍る出会いをつなぐ
ニカラグアで夫とともにコーヒー農園を営む傍ら、主にディピルト地区の小規模生産者のスペシャルティコーヒーを販売しているマリレック・セビリア。生産者に融資を行う銀行的機能を担うほか、コーヒーの品質分析を無料で行うサービスなども提供。生産者が買い手と出会い、理想的なマッチングにつながるよう働きかけている。
コーヒーの仕事に本格的に関わり始めてから17年。長年、品質管理に携わり、Qグレーダーの資格も持つマリレックが「地元コミュニティ内の小規模生産者を支援したい」という素直な心で始めた事業は今、思わぬ形で広がっている。
お互いさまの精神で
長年にわたり、コーヒー生産者は不安定な価格や仲介業者による搾取に苦しんできた。そんな構造問題の解決を目指すスペシャルティコーヒーの世界では、「生産者のコーヒーをできるだけ高く買う方がいい」という通念が広まっている。
だが、生産者は必ずしも高く買ってもらえることを第一義に置いているわけではない。事実、マリレックコーヒーは品質に応じた適正価格で買うことをひとつの信条としているが、「他の仲介業者より30〜50%ほど価格が安くてもマリレックに売ることを選ぶ」ケースが一定数存在する。
「彼らにとっては、単に高く買ってもらえることより、自分の農園を訪問したバイヤーにコーヒーを評価してもらうこと、顔が見える相手と取引できることの方が価値があるからです。現に3年間、同じ顧客と取引を続けている生産者もいますよ。
私自身、バイヤーを農園に案内して『あなたのコーヒーを買った人だよ』と生産者に紹介することが好きなんです。そのとき生まれた感動から、継続的にコーヒーを買いたい/売りたいという関係性が育まれることを期待しています。
もちろん、より条件のいい他社を選ぶ生産者もいますが、だからといって関係を断つことはありません。お互いに顔見知りの狭いコミュニティにいる私たちは、いわば家族のようなもの。家族だったらお互いに我慢することもあるのが普通ですよね」
マリレックコーヒーが生産者から選ばれる理由のひとつが「前払い」システムだ。生豆を販売した時点で現金が手に入るため、生産者はいつ売れるかわからない不安に苛まれることなく、資金繰りの目処も立てやすくなる。
また、銀行と生産者の間に入って融資機能を担い、マリレック側が1〜2%の利息を負担する仕組みも生産者からは喜ばれている。ただし品質が悪い場合は利息の支払いを求めたり、これまでの実績に応じて融資額の多寡を決めることで、生産者にインセンティブを与えている。生産者は主にその資金を肥料の購入費用にあてているという。
生産者の心に寄り添う
創業から5年、マリレックコーヒーの成長を後押ししているのが、生産者に無料で提供しているコーヒーの品質分析サービスだ。取引の有無にかかわらずサービスを提供し、ネットワークの拡大を図っている。
品質分析といっても、分析やカッピングで品質の良し悪しを判断して終わりではない。生産者が品質を改善できるように指針を与えている。問題が見つかれば、どの工程でその問題が生じたのかを特定し、生産者にフィードバックと提案を行うのだ。その際は電話で伝えるだけにとどまらず、農園や保管倉庫にも足を運んで調査・分析し、原因と対策を正確に特定するよう努めている。
「カッピングして質のいいコーヒーを見つけると、目の前がぱっと明るくなった気分になりますし、そのコーヒーを気に入りそうな顧客の顔が浮かぶとワクワクします。なかでも特に心がおどるのは、ブラインドカッピングなのに、そのコーヒーの作り手が誰かわかるとき。逆に難しさや悲しさを感じるのは、コーヒーにディフェクト(欠点)があったという結果を生産者に伝えなければならないときです」
そんなとき、マリレックは生産者が気落ちしてしまわないよう細心の注意を払う。生産者を自社のラボに招待し、欠点のあるコーヒーが紛れもなく自分(たち)のものだという安心感を与えるところが出発点だ。そこから生産者自身がコーヒーの選別や焙煎など、一連の評価プロセスを見たうえで、自分のコーヒーと高品質なコーヒーを飲み比べる機会を提供する。精製の不備によって発生するフェノール臭(薬品臭)を検出できる生産者は少ないが、少なくとも優れたコーヒーとの違いを理解してもらうことが目的だ。
「品質に応じて価格が設定されるという事実に納得感を持ってもらえるようにしています。もしそれでも納得できなければ、生豆のサンプルを手渡し、他の会社や機関でセカンドオピニオン、サードオピニオンを求められると案内しています。
少量多品種のコーヒーを生産している生産者の中には、一部の品種を10kg、20kg程度しか生産できないケースもあります。品質は素晴らしくとも規定量に達していない場合は、適正価格で買い取ったうえで国内市場に販売しています。努力したのに報われないのは悲しいことですからね」
誰かを想う気持ちは伝わる
ニカラグアのパラカグイナという小さな村で生まれ育ったマリレックにとって、コーヒーは幼い頃から身近なものだった。両親はトウモロコシなど穀物類を生産する農家だったが、コーヒーの収穫期になると母親はコーヒーを選別する仕事に出かけていった。マリレック自身、家計を支えるために母親に同行し、そこで半日ほど働いてから学校に通っていた時期もある。
ニカラグアの著名な協同組合プロデコープでカッピングの技術を教わり、コーヒーの魅力にさらに惹かれていったマリレックは、2003年、輸出会社に就職し、品質管理アシスタントとして働き始めた。
翌年にはメキシコのチアパスに移り、6年間、品質管理マネージャーとしてスペシャルティコーヒーを生産する小規模生産者をサポートした。より生産者に近い立ち位置で仕事をしたことで、生産工程をどう改善すれば品質を高められるか、生産者にアドバイスできるようになった。
その6年の中で思い出深いのが、「先住民のコーヒーの販売を促進したい」というイギリスのサプライヤーの要望を受け、生産者をサポートした経験だ。マリレックらは生産者に最適な収穫タイミングやチェリーの選別方法などを教える技術研修を定期的に実施。「コミュニティの命令に政府が従う」という思想を持っていて危険だと見なされている地域だったが、足しげく農園を訪れ、一緒に食事をとったり、作業をしたりして信頼関係を構築していった。
「子どもたちを含む家族全員がブルーシートに座ってコーヒーチェリーを選別し、手作業で洗浄している光景が思い出されます。コーヒーは骨の折れる労働によって生み出されているのだと体感的に知りましたし、その労働が買取価格に見合っていないとも感じました。それから10年以上経った今でも、当時の気持ちを忘れないようにしています」
2010年、ニカラグアに帰国したマリレックは、ペラルタコーヒーで品質管理の責任者に就任。それまでの経験を活かして、有機認証やフェアトレード認証などの認証取得にも取り組んだ。
そんなマリレックがコーヒーを低価格で仲介業者に販売している生産者を支援すべく、独立したのは2019年のこと。当初は自身が暮らす地域コミュニティの生産者を対象にしていたが、マリレックの献身的な姿勢は評判を呼び、取引したいと希望する声は全国から届くようになった。
「現状の課題は、生産者からの供給に対して、品質に見合う価格で買ってくれる顧客(需要)が不足していること。今後は、より多くの顧客やマーケットを見つけながら成長を続けていきたいと思っています。
私は熱心なカトリック教徒です。神への愛や信仰はありますが、教会にいなければそれが実践できないわけではありません。仕事で関わる人たちはもちろん、道端や老人ホームで出会う人たちも含めて、日々の行いに表れるものだと思います。神への愛や信仰は、きっといい方向へ向かうという希望を私に与えてくれるんです」