闘う人の支えになりたい。“代弁者”の仕事はファンづくりから始まる
大阪市で自家焙煎コーヒー店を営むaoma coffee。店主の青野啓資さんは、2020年の創業以来、生産者の代弁者としてコーヒーの“声”を届けてきた。もとは京都で染物職人をしていた青野さんは、代弁者となった今も、つくり手の心を忘れることはない。思いがけない出逢いが訪れた10日間のタンザニア・ケニアの旅は、青野さんに新しい視点をさずけたという。
心に生まれた「タンザニアの味」
今回日本を出発するまで、目的は9割9分ケニアだったんですよね。たぶん他のロースターもみんなそうだったと思いますが、タンザニアはおまけみたいな存在でしかなかったんです。
これまでこの業界で過ごしてきた10年を振り返っても、タンザニアの生豆を焙煎した覚えがないし、商社さんが企画するカッピング会でもあまり見かけません。アフリカのコーヒー産地と言えば、ケニア、エチオピア、ルワンダの3強という認識が、業界でも一般的ですしね。
経験上、美味しいコーヒーはだいたい絞られてきていたし、ケニアならSL、ルワンダならブルボンみたいに、その国ならではの品種やフレーバーの傾向もインプットされています。一方、タンザニアと聞いて思い浮かぶものは何もなかった。
それが一転、現地で4日間を過ごした後、タンザニアという国は特別な存在になりました。訪れたレオンの農園が特別だったのかもしれないけれど、僕の心を掴んだのは、9割9分タンザニアだったんです。
レオンの農園でつくられたコーヒーをカッピングしたのですが、パカマラにせよ、SL、ゲイシャにせよ、それぞれの特徴がはっきり出ていてとても美味しく、大きなポテンシャルを感じたんです。「タンザニアといえば○○」みたいな既成概念がないから、自分でこれがタンザニアの味だと自由に決めてもいい。厳密にはケントという伝統的な品種があって、レオンの農園でも栽培していたけれど、別にそこに縛られなくてもいいんだなと。
そもそもタンザニアのコーヒーに期待していなかったぶん、よけいに心を揺さぶられたんだと思います。こんなにクオリティがいいなんて、思ってもみなかったですから。国や人の空気感もよかったので、すべてがいい思い出として残っています。
レオンのところのコーヒーに関しては、一緒にクオリティを高めながら継続的に買い続けていきたいという思いが芽生えました。僕じゃなくて、店のスタッフでもいいので、来年以降も毎年レオンのもとを訪れたいなと。ゆくゆくは、クオリティコントロールを担っている人ともコミュニケーションをとっていきたいですね。
お客さんはコーヒー屋につく
今回、Labに参加するまで、生産地に行ったのはコロンビアに一度だけ。aomaで取り扱っているコーヒーはほとんど、作り手に直接会ったことがなく、農園の風景も見たことがないものです。
ただ、焙煎やカッピングを通して、生産者の人柄や農園の風景を感じることはできると思っています。だからたとえば、このコーヒーをつくった人は絶対、無口で職人気質な人なんやろな、というイメージをお客さんに伝えることもある。あくまでも僕の想像ですけどね。
代弁者である僕らは、生産者がつくったコーヒーを、できるだけその個性を損ねないようにお客さんに伝えるのが仕事です。現地に足を運ばなくても、そのエッセンスを感じ取る感性やセンスを磨かなければならないと思っています。
というのも、誰がどうつくったかまで興味を示すお客さんはほんの一握りしかいないんですよね。トレーサビリティが確保されているスペシャルティコーヒーでも、そこに意識を向けている人が多いわけでもない。お客さんは基本的に、コーヒーの味や店舗空間、スタッフの雰囲気でコーヒー屋を選んでいるものだと思います。
だから本当に生産者のためを思うのなら、まずは僕らのファンをつくることが先。その土台ができていない段階で、生産者/生産地のことを話したところでお客さんは惹かれないし、むしろ遠ざかってしまうかなと。お金の面だけで言えば、たくさん買って、生産者が暮らす地域の経済に貢献し、生活水準を高めているコーヒー屋が最強ですからね。
結局それは、僕自身がぶつかった壁でもあるんですよ。以前はお客さんにも一杯の向こう側にあるものに思いを馳せてもらいたくて、積極的にプレゼンしていたんですけど、あるとき限界を感じたんです。
「まずは自分」という実感は特に、自分の店を持ってから深まりましたね。お客さんが「aomaが好き」という状態になってはじめて、次のステップに進んでいけると感じています。
いい仕事をしている人はどこかにいる
aomaでは、その土地ならではの風味(テロワール)が輝いているコーヒーを主に買い付けています。そういうコーヒーを飲むと、現地を旅しているような感覚を得られるからです。お客さんにも、aomaというフィルターを通ったコーヒーを飲んでそういう体験をしてもらいたいんです。
最近、コーヒー業界ではCOE(カップ・オブ・エクセレンス)で優勝したスター生産者みたいな人が注目を集めています。それはそれでおもしろいし革新的だと思うけれど、僕がそういう人の生豆を買わなくてもいいかなと。目立つ人は放っておいても目立ちますからね。
古い考えかもしれないけれど、テロワールが感じられるものを買う人がいないとその地域の固有性みたいなものは消えていく運命にあります。たとえば焼き物でも、小さい窯元でつくっている人とシステマチックな工場でつくっている会社があれば、僕は前者に光を当てたい人間なんです。
僕自身、染物職人を辞めて飲食業界に移ろうと思ったのも、仕事が自動化していく流れに飲み込まれつつあったからです。辞める間際には、会社に出勤したら「今日の仕事はないのでお休みです」という張り紙が貼られていたりと、機械に取って代わられる未来は目に見えていた。だからこそ、丁寧に手仕事をやっている人たち、時代の流れに負けずに闘っている人たちを応援したいという気持ちは強いんです。
その点、100人以上の従業員を抱えるレオンは、言うなれば大農園のオーナーです。それでも素朴なところがあって、従業員を大切にしているような印象がありました。たった3〜4日一緒に過ごしただけだから、見えているのは一部だけかもしれません。ただ少なくとも、この人がオーナーなら大丈夫だろうと思わせてくれる人ではあったかなと。
今回、タンザニアで心を掴まれた経験を踏まえると、今は興味がない生産地にも、心揺さぶられるようなコーヒーは眠っている。ただ知られていないだけで、いい仕事をしている人たちはどの国にもいる。そう信じられる気がしたんです。