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「コーヒーだってシンプルにやれる」語れるからこそ味わいは深まる
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山梨県甲府市に店を構えるAKITO COFFEE。店主の丹澤亜希斗さんは「一生夢中になれそうなもの」を探していた中でコーヒーに出会い、2014年、23歳のときに開業した。それから約9年。遠いところにいる生産者であっても“顔が見える”シンプルな人間関係を追い求める丹澤さんにとって、タンザニア・ケニアへの旅はどんな意味を持つものだったのか。
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推したいものを買っただけ
もともと生産地には毎年行きたい、現地まで足を運んでその生産者のコーヒーを買い続けたいと思っていたんですよね。レストランのシェフが、店で使う野菜を栽培している農家に会いに行くのと同じように。
とはいえ行き方もわからないし、まとまった量を買えるほどの購買力もない。ということで、行きたいけど行けない状態が続いていたんです。
その後、自分なりに機が熟したと判断してコロンビアを訪れたのが2019年のこと。ようやく直に会った人から買付できるようになったことが嬉しくて、毎年通おうと思っていた矢先に起こったのがコロナ禍でした。それから2年のブランクを経て、今回アフリカに行く機会をいただけたんです。
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コーヒーの中で、エチオピア、ケニアといったアフリカ勢はいわばスター選手。僕がはじめて好きになったコーヒーもケニアです。一方で、タンザニアはノーマークだったし、買ったこともなかった。
だからこそよけいに、想定をはるかに上回る美味しさだったタンザニアのクオリティに感動したんですよね。訪れたアカシアヒルズの農園主・レオンさんの優しい人柄も見えたし、もっと品質を高めたいという思いも伝わってきた。
たとえば、ゲイシャのウォッシュドはすごくきれいな味わいで美味しかったのですが、ハニーは今ひとつ。参加したロースター全員が同意見でした。ただ、それもやってみたからこそわかること。何でもトライしてみようという姿勢に惹かれました。
帰国後、彼の農園のコーヒーを結構なボリュームで注文したのは、タンザニアのコーヒーは日本でまだ浸透していないからこそ、自分たちがその魅力を伝えていきたいと思ったからです。シンプルに、可能性を感じたタンザニアのコーヒーを推していきたいんですよね。
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気持ちが乗るものを選びたい
コーヒーの仕事には生産者さんも含め、本当に多くの人たちが関わっています。結局は人間関係によって成り立っているから、リスペクトできる生産者、愛着を持てる生産者とお付き合いしたいんですよね。だからレオンさんの農園には毎年行きたいし、これからもずっと買い続けたい。
とはいえ、最初からそう思っていたわけではありません。最初の頃は、知っている生産者から買うという選択肢もなく、ただリストの中から選ぶ感覚でした。それから店の基盤ができて、買いたい生豆を買えるようになり、提供するコーヒーのクオリティも上がってきたなかで、生産者のことを意識するようになってきた感じです。
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言ってしまえば、良い豆を買い付けることってある程度誰でもできるようになったと思うんですよ。経験が浅くても資金があれば手に入れられる豆もある。だから僕自身はもう、そこにあまり興味はくて、なんでこの農園を選んでいるかを大切にしたいと思っています。
コーヒーの場合、生産地が遠いという理由だけで「自分が農園に足を運んで買い付けたものを使う」というシンプルなことができないのは納得できないし、歯がゆいんですよね。物理的な距離があったとしても、本当はもっとシンプルにできるはずなんです。でもまだそこに至っていないのは、僕らの実力不足です。
それを突破する方法としては、地道に行く回数を重ねるしかないかなと。文字や映像で知った情報を得ただけでは、僕たちの言葉になっていないから、気持ちが乗っていないんですよね。
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クオリティがすべてじゃない
今回、事前に「行ったところの生豆を買って使う」という目標を立てていたんです。そもそも僕の理想は、自分が直接足を運び、生産者の人柄や農園を知っているコーヒーだけ扱うことだからです。実際に自分の目で見て、肌で感じた雰囲気と一緒にコーヒーを提供すると、気持ちの入り方が変わりますからね。
といっても、何でもかんでも買うというわけではありません。それではお互いのためにならないので、あくまでクオリティを重視する前提での話です。
ただ、クオリティについては一概に言えないところもあります。今後、レオンさんのところのコーヒーを買い続けるとして、毎年必ず同じクオリティが来るとは思いません。コーヒーは農作物であり、多かれ少なかれ気候の影響を受けるからです。
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なので、ものによっては昨年よりクオリティが下がっていたとしても買いますね。そこを調整したり、補ったりするのが僕たちロースターの仕事だと思うからです。焙煎の度合いを変えるなり、エスプレッソにするなりして、その豆を活かすベストな方法を見つけ出せばいい。魚でも、刺身としては使えなくても、煮付けや焼き魚にしたり、出汁をとったりと、さまざまな活用法がありますよね。生豆のクオリティだけに執着して、買うかどうかを決めるのは単なる技術不足だと思います。
僕自身、山梨という土地柄もあって、野菜農家やワインの醸造所、レストランのシェフなど、異業種の人たちと関わる機会が多いので、基本的にはそこからインスピレーションをもらっていますね。
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願い続けていれば、いつか叶う
僕にとって、今回の旅はコーヒーの魅力を再確認するという目的もありました。
2014年、23歳でただのコーヒー屋を始めてから約9年。「山梨みたいな田舎でうまくいくわけないよ」といろんな人から言われたし、うまくいくと思っていた人は誰もいなかったでしょう。
でも、そういうまわりの声を気にしたことはないし、うまくいかないんじゃないかと不安に感じたこともなかった。そもそも誰かに何かを言われたから思いとどまる、という程度の本気度なら初めからやっていません。
当時、僕の心にあったのは、いつかわかり合える人に出会いたいという思いです。本気で追い求めてたらいつかそういう人が集まる場所にたどり着けるだろう、だからこそ技術、能力を高めていかなければとはずっと思っていたんですよね。
そうやってかたちのないものを信じてがむしゃらにやり続けていたら、いつの間にか同じように高みを目指している全国のロースターと知り合いになって、それこそ、数あるコーヒー屋の中から選んでいただいて生産地に行けた。
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アカシアヒルズでは、農園の近くにある見晴らしのいい場所に行って、みんなでお酒を飲みながら語り合う時間がありました。そこでみんなの苦労話も聞いていると、彼らの辿ってきた道筋も見えたような気がして、この仕事をやってきてよかったなという実感がこみ上げてきたんです。町の小さなコーヒー屋でも、ずっと願い続けていれば叶うんだなって。
正直に言うと、こんな“景色”が見られるなんてまだ少し信じられないところはあります。昔から生産地に行きたいとは思っていたけれど、どちらかというと夢物語に近いようなもので、叶うとは思ってもみなかったですから。コーヒー屋をやり続けてきたからこそ見えた景色があるって、ほんと夢があるというか、ロマンを感じますよね。
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だから何かの本で「コーヒーは黒い泉だ」という表現に出会ったとき、すごく腑に落ちました。何か没頭しているときに発せられるエネルギーには、すごい力があると思うんです。
こういった話もお客さんにできるからこそ、自分が行ったところ、会った人のコーヒーを使いたいんです。タンザニアの風景、サファリで見た動物、岩の上で夕日を見ながらみんなでお酒を飲んだこと……。身をもって経験した思い出や記憶も、コーヒーの味に乗っかってくるものだと思いますから。
AKITO COFFEE
- [営業時間]
- 火〜日 9:00 - 18:00